第30話・幸せの二律背反-1

 私は殿下の意見に従い、王家休憩室で休むことにした。


 王家休憩室での待遇はとてもよく、ロキナと、殿下のメイドも何人かついていてくれたから、家にいる時とほぼ変わらない。


 それに、何よりも父上がずっと私のそばにいてくれた。


 こんなに優しく看病してくれる父上を長らく見ていない。


 前世で父上と喧嘩して以来、私は父上に辛く当たっていた。


 あれからもう二年も経ったが、ずっと父上を避けていた。


 今が父上と話をする絶好のチャンスだというのに、頭の中が真っ白になって、なにを話せばいいのか見当もつかなかった。


 でも、父上がそばにいてくれただけで、心が温かくなった。


 思えば、小さい頃から、父上との間にはいつも母上がいた。母上が亡くなってからはずっと悲しみに明け暮れ、まともに父上と話すことは、一度たりともなかった。


 かつて幸せだった家は、父上と2人だけになった。父上は父上なりに私を愛し、私も私なりに父上を愛していた。


 父上とは、一度キチンと話をしたいと思っている。私のことも、母上のことも、これからのことも…


 しかし父上はいつも優し過ぎる。私が小さい時でも、前世でも、今でも。


 私が何か要求をすれば、父上はきっとなんでも聞いてくれる。


 例え凄く情けないことを言い出したとしても、父上ならきっと慰めてくれる。


 爵位を継ぎたくないなんて、とんでもないことを言い出したとしても、きっと許してくれる。


 だからこそ、私はどう父上に話しかければいいのか分からなかった。日頃の挨拶以外、まともに自分の考えを言ったことがなかったから。


 父上に自分の弱音を聞かせたくはない。父上を失望させたくない。


 父上は今では私の最後の家族だから。


 でも、それでも、ずっと不安だった。


 1つだけ、私がどんなに認めたくなくても、否定できない事実があった。


 それは、幸せに対しての認識が、明らかに違うということ。


 幸せの定義はそれぞれの動物によって違うのは当然。弱い動物を餌にして、命を思うがままに奪う獅子にとって、捕食という行為が幸せなのかもしれない。しかし兎にとっては、のんびり草を食べることこそが幸せなのでしょう。


 それと同じ様に、それぞれの人の幸せに対する定義もさまざまに違いない。権威をめぐって争う王族、一族の栄光を自慢する貴族、無限の金銭を楽しむ商人、安心して働けることを喜ぶ平民、お腹いっぱい食べられれば満足する貧乏人。


 他人の喜怒哀楽とは、到底共鳴できないものよ。


 そして私と父上も、同じことよ。


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