第22話・私には正解ができない
「ごめん、リリス、今いいかな?」
この危機一髪の時に、後ろからカシリア殿下の声が聞こえた。
「カシリア…殿下?」
私は振り向いて、殿下の顔を見て驚いた。殿下は貴族たちと群がるのが嫌いらしく、普段はあまり食堂に姿を見せなかった。その為、食堂の二階にある殿下専用の王室休憩室が設けられていて、そこで食事を取るらしい。
なのに、どうしてここに殿下がいるの?
「殿下!お食事にいらっしゃったんですの?」
「殿下、もうすぐ私の誕生日ですので、ご招待しても宜しいのでしょうか?」
「殿下、私最近リバカリ風ミルクティーの作り方を覚えたので、宜しければこれから少しお時間を頂いて、共に召し上がりませんか?」
さっきまで私のことを太子妃扱いしていた貴族たちが、あっという間に殿下を相手に媚を売り始めるとは、さすがは貴族と言わざるを得ない。
「ごめん、私はリリスを探しに来たんだ。」
カシリアは冷たく説明していた。
「へえ~殿下はリリス様と何があったというのですか」
カシリアの話に続き、貴族少女達は一斉に騒ぎ立てた。
「リリス、昨夜話した来月のラペオ帝国王子の入学歓迎会の件について未だ結論が出てないでしょう。今でよければその話の続きをしようか。」
カシリアは貴族少女たちの声を全く無視して、相変わらず冷たいトーンで言った。
「え?ああ、そうですね、私はもう食事を済ませましたので、その話の続きをしましょう。」
私は殿下の話に続いて、立ち上がった。
「王家学術能力テストの結果がどうであれ、リリスは学生会の重要なメンバーであることは変わらない。だから私は彼女に来月のパーティーの件について相談しに来たのさ。」
カシリアはみんなに昨夜について説明しているかの様に、冷たく述べた。
「それじゃあリリスを貸してもらうよ。皆さんはごゆっくり。」
そう言い残し、カシリアは先に1人でその場を立ち去った。
「そういうわけで、すみません皆さん、私はこれから学生会の仕事で行かなければならないので、お話はまた今度にしておきましょう~」
私もその話に乗って皆に別れを告げ、カシリアの後を追った。
「殿下は相変わらず冷たいですね、お一人で先に行かれるなんで」
「そうですね、先ほどリリス様を探しに来たときも、全く親近感がないわ」
「つまり昨夜殿下はリリス様と何もなかったってこと?」
「んん…そうなるのかな?」
貴族少女たちはリリスに関してのスキャンダルを話し合い続けた。
私は殿下について食堂から離れ、やっと安堵のため息をついた。
目の前の殿下はずっと前を向いたままで、全然自分の方へ振り向くことはなかった。前世での彼と同じように冷たいが、私を助けるためにわざわざ食堂に来て、ラペオ帝国王子入学の件まで持ち出して、あの場から逃してくれた。
…?そういえば、なんで殿下はこんなにもいいタイミングで現れてくれたのだろう?前世では一度も食堂まで私を探しにきてくれた記憶はないのに。
「先程はお助け頂きありがとうございます。殿下のおかげで私は無事脱出することができました。そうでなければ彼女らの質問に答えられなかったでしょう。」
私は急いで殿下にお礼を言いました。
「ああ、気にしなくていいよ、ついでだっただけだから。」
殿下は軽く頭を傾け、少しこっちを見た。しかし私はその行動の意味が理解できず、会話を続けることもできなかった。
昨夜、私の手をそっと握ってくれた殿下は別人のようだったが、目の前の殿下は見慣れた冷たさを見せた。昨夜の優しさは錯覚だったかもしれない。それはただ殿下が暇つぶしにした冗談だと思えてきた。
…会話は既に終了したらしく、私は黙って殿下について行ったが、何をすればいいか分からず、一瞬静寂と気まずさの最中に陥った。とはいえ私は途中で離れるわけにはいかない。そんなことをしたらせっかく殿下が作ってくれた言い訳が破綻してしまう。
「そういえば、先ほど殿下のおっしゃってたラペオ帝国の王子様が学校に入学するとはどういうことですか?」
タイミングの問題か、前世では今と同じ準学生会会長だったが、ラペオ王子の入学はこんな早くには聞かされていなかった。
この一連の出来事の原因は、やはり私が誘拐されたことにあると推測した。
「えっ?ああそれね、後で王家休憩室で説明してあげるよ。」
カシリアはすぐに反応出来なかったらしく、微妙な返事をした。
やはり、ラペオの件は単に私をそこから逃がすための言い訳で、殿下が私を探しに来た本当の理由ではないのか。
あっという間に上の階にある王家休憩室までたどり着いた。休憩室では、以前ナミスが呼んでいた親衛隊のザロとザットが既に中で待っていた。
「座りなさい」
カシリアは先に部屋の中へ入り、いつも通りの冷たい口調で言った。
私は静かにカシリアの向かい側に腰掛けると、ザロが定番の紅茶と茶菓子を出してくれた。
「私たちの最終成績順位はわからないが、来月ラペオ帝国から第一王子が入学してくることは既に決定事項なので、あなたにも予め説明しておく必要があると思って。」
「分かりました…」
「ラペオ帝国は恵まれた地の利で名高い商業帝国になったが、その生まれつきの商業アドバンテージのため、帝国人は商業価値に繋がらない学術知識を重視してこなかった。平民も王族も、学術水準は低い。古くから伝わっている武力崇拝の伝統も原因ではあるけどね。更に一夫多妻制度も、王室後継者の素質をバラバラにした。」
「恐らく正式に次の世代の後継者を育てるために、帝国は第一王子を我が国の王家学院に送り込み勉強させて、学問の水準を上げたいのだろう。帝国は確かに大胆な動きが出来るだけの軍事力を持っている。もっとも、私の弟のカラウトも帝国の王家学院で商業知識を学んでいるから、ある意味学術交流なんだけどね。」
「なるほど…」
「1ヶ月後が王子の入学だ。その時帝国は盛大な入学式を挙行するだろう。しかも帝国のやり方からして、これには国力誇示の意味も含まれていると思われる。」
入学式については勿論全部知っている。前世では学生会の会長として、仕組み上はカシリア殿下よりも高い決定権を持っていた。だが実際は国レベルの儀式でほぼ決定権はなく、ただ黙って王室の決定を実行するしかなかった。
その入学式では重要な事件があったが、私には関係ない。
ラペオ帝国第一王子、コリンダの提案で、いきなり剣術大会が開かれた。結果は剣の稽古を初めて1ヶ月も経ってないエリナが王子の従者である2人の伯爵の子息を倒し、更にカシリアがコリンダ王子を倒したことで、帝国の完敗となった。以後強者崇拝のコリンダ王子と伯爵子息2人はエリナやカシリアを心から尊敬し始めたらしく、その対決はエリナ入学後の最も輝いた瞬間となり、エリナに莫大な人気をもたらした。
そしてその対決のため、王家学院内ではリリス派に匹敵するエリナ派が現れた。
…そうだわ、もし私が今から剣の稽古を始めたら、エリナに取って代わることが出来るかしら?そうすれば、私はあんな平民出身の女なんかに!…
「リリス、どうした?」
「ああ、すみません、ちょっと考え事をしてしまって」
また会話中に別のことを考えてしまった。
「…つまり、入学式で負けないように準備をしておく必要があるということですね」
「…そうだね」
「ラペオ帝国は武力を尊ぶのだから、王室メンバーは剣術が得意なはずです。聞いた話によれば、ラペオ帝国第一王子のコリンダは剣術に非常に情熱を持っていると言われていて、常に剣戟を交わす相手を探しているという噂があります。民間ではコリンダ王子は『百年に一遇の剣術天才』とまで言われているそうです。それに剣で友人を作るのはラペオ帝国の古い伝統の1つです。もしかしたらコリンダ王子は当日に剣術試合がしたいなどとを言い出すかもしれませんが、これについて殿下はどうお考えなのでしょうか?」
「剣術?コリンダ王子のことを…リリス、お前はなんでそれを知っているんだ!?」
「…ただ父から聞いた雑学に過ぎません」
殿下の驚いた表情を見て、私はあえて平然と答えた。
実際、普段剣術と縁もゆかりもない私は、そんな伝統文化を知るわけがない。常に穏やかに領地を治めてきた、世間に無関心な父上は尚の事だ。
そう、こんなことは誰も知らなかった。王子殿下も私も、彼の近くにいた人たちも、コリンダ王子の民間での噂をわざわざ仕入れないはず。
ただし、1人例外がいた。
その例外とは平民出身のエリナ。なんでエリナがそんなことを知っていたかは分からないが、それはエリナが言ったことだった。
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リリスの発言を聞いて、カシリアは考え込んだ。
メニア王国は学術雰囲気が濃く、中でも王家学院は学術をメインにした学院で、剣術の授業はなかった。
全面的な教育が要求される王室後継者や騎士学院、或いは平民学院でもなければ、貴族は通常剣術に触れることはなかった。
例え剣術に触れた貴族でも、その殆どが一知半解で、上面程度のことしかできず、正式に剣を学んだ人の前でなにかが出来るとは思えない。
これは確かに我が国の王家学院の一大痛点。もし相手が力を誇示したければ、恐らく剣術で挑んでくるだろう。
もしコリンダ王子が本当にリリスの言っている通りの人で、剣術に対する情熱がそんなに強いのなら、堂々と伝統という名目で剣術試合を提案するだろうし、断り難い。
リリスの考えは自分の計画の穴を埋めた。
どうりで近頃父上は剣術の才能のある生徒を破格で入学させるよう幾つかの指標を立てたと思ったら、その為だったのか…
もとはリリスを助ける言い訳で、ついでに彼女に教えただけだった。この件は王室が処理していることだから、あまりリリスに介入させるつもりはなかったが、まさか彼女がこんなにも短い間で自分の気づかない問題を発見するとは…
この気持ちは実に切なくて苦しい。
学問でリリスに勝てないだけではなく、政治観察力でもリリスに遠く及ばないというのか?
それはまるで自分の不甲斐なさの証、王族として耐え難い失意だ。
カシリアは無自覚に眉をひそめ、顔をしかめた。
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殿下は…どうやら私のアドバイスに何の喜びも感じないどころか、今一瞬見せたあの異様な表情、ほかの人なら気づかないのだろうが、物事に敏感な私は気づいた。それはどこからどうみても、不愉快な表情だった。
そして心の中に不安と苦悶を感じ始めた。私は前世で入学式に対する感想を言う機会がなかった。今の提案は、もとはエリナが殿下と剣術の稽古をしていた時に、エリナが言ったこと。言い返せば、私はただそれを自分の口から言い直しただけ。
前世でも今でも、殿下は私にに笑いかけることはなかった。いくら私の方から殿下に近づいても、やはり笑顔を見ることはできなかった。
でも前世でエリナが殿下にこの提案を申し出た時に、殿下は確かに心からの笑顔を見せていた。
それは見る者全てを微笑ましくするような優しい笑顔。
それは私の心の奥底に刻まれた、私の心を砕かせるほどの残酷な笑み。
私はプライドを捨ててエリナの提案を盗んだのに、どうして殿下の笑顔をみられないの?
同じ提案なのに、私が言うと、どうして殿下は不快になるの?
同じ答えなのに、私とエリナとでは、どうして完全に真逆な結果になるの?
私また…間違ってたの?
でも…分からない、一体どこを間違ったの?
それとも、この問題は最初から『エリナ』しか正解できないの?
その平民出身で不勉強の『エリナ』だけが正解出来るの?
不安、悔しい、苦しい
目の前の無表情に思考していた殿下を見て、どうしても聞きただしたい衝動があった。
今の表情はどういう意味なの?
私に不満があるの?
それとも私はその答えをすべきではなかったの?
私は頑張って気持ちを押さえ込み、自分の為に用意された紅茶を軽く持ち上げ、ゆっくりと一口味わい、強制的に自分を落ち着かせた。
「注意してくれてありがとう、リリス。確かにその可能性があるね、私たちはより万全な準備をしとかないと」
殿下は相も変わらず無感情に、そっけなく話した。
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