シスコンバクハツ

八澤

シスコンバクハツ【妹大好き過ぎて最後に爆発する姉】


 生まれたばかりの小さな妹。

 そっと手を伸ばし、小さな指先に触れた途端ぎゅっと掴まれた。  その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃を覚えた――。


★☆★☆


 もしも“この世で最も可愛いモノは何?”と訊かれたら「私の妹です」と答える。

 即答だ。

 断言する。

 異論は認めない。

 私の妹はこの世界で……ううん、宇宙……否、全てをひっくるめた頂点に立ち、史上最強最高最凶に可愛い。


 もう【可愛い】という言葉では表現できない……。妹のために可愛い×∞に値する言葉を早急に作る必要性があると、常日頃考えている


 母のお腹が日に日に膨らみ、これから私はお姉ちゃんになるんだ、いつまでもお母さんに甘えるわけにはいかない、お姉ちゃんなんだからしっかりしないと! ――そう自分自身に言い聞かせ、でも私なんかに姉が務まるのだろうか……とシスターブルーに苛まれたりもした。

 だが、可愛い妹に人差し指を握られた瞬間、私は決意したのだ。

 妹のために、生きる──と。


 ちんちくりんの赤ちゃんの妹は、私が近づくと嬉しそうにきゃー! とはしゃいで迫ってくる。だぁだぁとハイハイしながら妹は私に接近し、抱きしめるときゃっきゃと喜ぶ。極上の笑み。可愛さの極致のような生物に抱き着かれるたびに、妹への感情が増幅した。


 学校が終わってお姉ちゃんが帰ってくると助かる……、と育児で疲弊した母に喜ばれるほど、私は毎日妹の世話に勤しんだ。


「ねぇーね!」


 と、一番初めに喋った言葉はなんと私に対して……。

 泣いた。

 人生の頂点と言っても過言ではない。

 ――幼い頃に撮った私の写真には、全てに妹が写り込んでいる。私が妹のことをまるで聖母のような眼差しでウットリ眺めていた。カメラ目線の写真は一つとして存在しない。


☆★☆★


「あれ、お姉ちゃん?」


 妹が小学生だった頃、授業参観のために私が教室に入った瞬間、妹が反射的に声を出す。途端にざわざわと周りがどよめく。


「お母さんは?」

「今日お仕事で、私が代わりに。……頑張ってね!」

「う、……うん!」


 恥ずかしそうに微笑む妹の笑顔ったらもう――はぁ可愛い……。これだけでご飯三杯は行ける。妹は隣席の子と何やらヒソヒソ楽しげに会話している。妹の微笑ましい姿を眺めながら、私に突き刺さる視線を感じ取った。父兄の方々――平日の昼なのに可愛い我が子の成長をひと目見ようと有給を消化したであろうお父様方のねっとりとした視線と、お母様方の冷ややかな視線は正直怖い。


 私は大学生で、今日はたまたま授業が休校だったので~、と穏やかな雰囲気で世間話を広げ、どうにかお母様方の威圧感は抑えることに成功した。この手の話術はお手の物。加えて容姿に関しても、野暮ったくかつ派手過ぎと思われないような絶妙なコーデを纏い、余計な敵を作らないように細心の注意を払っている。


 誰とでも別け隔てなく接する、心優しい姉、を妹に示すため。

 そう、全ては妹のため――。


 私は妹に尊敬されるために、必死に自分自身を磨き上げた。妹が憧れるように、容姿は清潔かつ麗らか、それでいて見麗しく振る舞えるように努めた。勉学も毎日予習復習を習慣化させ、地元の進学塾にも通い、名の通った国公立大学に合格。文武両論も心がけ、部活動にも積極的に参加し、高校で私が部長を務めたバレー部は全国大会にも出場した。更に、妹が姉に対してコンプレックスを抱かないよう、私は常に妹の心理を探り(SNSなどもチェック済み)、ケアに努めた。優しくて綺麗で頼りになって妹想いな優しい姉、を常に心がけて生きていた。


 結果、妹とは極めて良好な関係を築き、妹は事ある度に「お姉ちゃん大好き!」とよく口にしてくれる……。嗚呼、その言葉、音、口にする時に表情を思い出すだけで頬がヒクヒクと痙攣して、どろりと何か頭の中で液体が滴り落ちるのを感じる。


 授業に励む可憐な妹の姿もカメラに収めたいけど、そんな疚しいこと、妹が良い気分になるはずがないので自重した。代わりに、私は自らの瞳に刻みこむように、妹の姿を必死に見つめ続けた。

 時折、妹は振り返って、私を探す。目が合うとニコっと恥ずかしそうに微笑む。


 あ、

 あ、

 ……やばい……

 あまりの尊さに心の中で祈りを捧げていた。ありがとうございます。感謝も。両親はもちろん、妹を存在させるこの世界にも――。


 可愛すぎる。

 天使と形容してもおかしくない。なるほど……妹は天使なのかもしれない……。いやむしろ天使が妹に寄せているのかもしれない。故に、こんなにも愛らしいのね……。教室内の他の芋っぽい生物の中で、妹だけがキラキラと眩い光を撒き散らしている。


 懇談会は代理ですので……と切り抜け、妹と一緒に帰る。私と一緒に歩く時は手を繋ぎ、満面の笑みで、嬉しそうに私を見つめた。


 妹の手は小さいけど、柔らかくてすべすべで心地良い温度を保っている。私の指に備わる無数の感覚神経が研ぎ澄まされ、妹の指からありとあらゆる情報を入手しようと熱を帯びていた。


「もうびっくりしたよー」

「驚かせちゃったわね」

「うん。でも、お姉ちゃん来てくれて……嬉しいけど、ちょっと恥ずかしかったかな……」

「あら、私はいつもと違う授業に真剣に挑む妹の姿を堪能――じゃなくて観察できて、なかなか楽しかったわ。私もあの小学校に通っていたから、懐かしくて……」

「お姉ちゃんも?」

「えぇ、もちろん」


 私が頷くと、妹はまるでヒマワリの花が咲き誇るような神々しい笑顔を浮かべ、私は失神しそうだったので舌を噛んで堪えた。血の味を感じつつ、妹の成長過程をまるで走馬灯のように思い出した。


 赤ちゃんの頃も愛おしかったけど、幼稚園に入り、小学生に上がり、中学生ではぐっと背が伸びて、高校生になったらお洒落を意識するようになって、はぁ……成長するたびに愛らしさが積み重なる。


 姉妹なので一緒にお風呂に入り、部屋は別だけど、怖い番組を観た時などは、「今日は……お姉ちゃんと一緒に寝ていい?」と申し訳無さそうに訪ねてくる。同じベッドで眠ると、妹はそっと体を私にくっつけ、妹の温度を私は味わった。


 幸せ……。

 この恍惚に浸れるような時間がいつまでも続けばいいのに、そう願っていた……いや、傲慢に信じていた。


 だが、終わってしまう。


☆★☆★


 大学の修士課程に進学した私は研究も一段落終え、就活も済まし、暇な時間が増えたので妹と接するチャンスが増えるように、と家でくつろぐことが多くなった。無論、修士に進んだのも、社会に出ると否応にも拘束されてしまい、妹と共に自由に過ごす時間が少なくなってしまうから、僅かでも妹と過ごす時間を稼ぐための最後の足掻きだった。


 妹が部屋に入ってきた。

 刹那、私は感じ取る。

 ――普段の妹と、何かが、違う……と。

 それは、視線であったり、仕草であったり……いや、そういうモノではなくて、もう私はそういう段階ではない。超能力的に妹の変化を本能で感じ取っていたのだ。


「お姉ちゃん、今いい?」

「うん。……あら、どうしたの、そわそわして」

「あ、あのね……ちょっと、お姉ちゃんに相談が、あるの」

「改まって、一体何かしら?」


 ドクン、

 と心臓が脈を打つ。

 声が震えそうになるのを寸前で堪える。

 全身の至る箇所から警報が鳴り響くような錯覚を覚えた。

 これ以上は危険だ、マズい、ヤバいッ!

 逃げろ──。

 汗が吹き出て、喉がカラカラに干上がる。

 妹の言葉に耳を傾けてはならないと、私自身が私に絶叫するように訴えかけている。しかし、私は動けなかった。儚い妹を前にして、まるで蛇に睨まれた蛙のようにじっと妹を見つめている。何故なら可愛いから。


 二度ほど私と足元に視線を走らせた後、はっと息を飲み、想いを私に吐露した。


「あの……クラスの男子に……ね?」

「うん」

「ってか、この前、告白……されて……どうしようかなぁって、思ったの」


 妹は、女子高校生。

 私の極限まで練り上げられたシスター・コンプレックス・フィルターを外しても、妹は可愛い。整った顔立ちに、丸みを持った顔は愛嬌があり、大きな二重の瞳はちょっと垂れているところが素晴らしい。太っているわけでもなく、痩せているわけでもなく、ベストなスタイル。時々ふざけて抱きつくと、もうすっごい柔らかい。このまま抱きしめたらマシュマロを千切るように切り裂けるのでは? と確かめてみたくなるほど……。


 そんなスペシャルに可愛い妹を男子が見逃すはずがない。

 前々からわかっていたこと。

 理解もしていた。

 覚悟も――。


 ――いつの日か、妹から恋愛の相談を受けるかもしれない……と。


 しかし、その破壊力は想像以上。はにかみながら頬を赤らめて悩んでいる妹の顔、その表情は、私が今までずっと眺めていた妹の顔には存在しない表情だった。私には向けられない顔。

 私は姉だから、妹と圧倒的に長い時間を共有することができる。その幸福に日々感謝していたけど、……しかし、でも、だって、妹と、姉は……付き合えない。いや、もしかしたら両思いとかそんなのあるかもしれないけど、私の妹は多分違う──。いや、そもそも私の気持ちは“恋愛”なのか? それとはまた異なる。姉妹の愛情、家族としての愛情?

 わからない。

 思考を放棄した。

 だって、わかったら、そこで終わる気がした。


 初めて見る妹の姿に、嬉しさで月まで吹き飛ぶような快感を覚えたはずなのに、そのまま奈落の底に頭から落ちるような絶望感。


 その後の記憶が、殆ど無い。ただ、私の洞察力から、妹は告白を受けたことに対してまんざらでもなく、その相手にささやかながらも初い恋心を抱いている、と理解する。


 そして、後日、妹から彼氏ができました、とご報告を頂いたの……。


☆★☆★


 えぇ、わかっていたこと……。

 ここは、二次元の世界ではなく、私にとっては現実なので、アニメや漫画のように、登場する妹にはいつまで経っても彼氏が出来ない素晴らしき世界ではなく、当たり前のように男女の交際が許されている。

 わかっていた。


 でも……本当に訪れるなんて……、実は夢にも思っていなかったの。なんだかんだ言って、妹はお姉ちゃん大好きのまま今と変わらずに平和に慎ましく穏やかに一生を終えるのでしょう、と楽観視していた。現実から目を背けていた。


 ていうか、あまりに唐突過ぎる。せめて、妹の頭の上に数字が浮かび、この値がゼロになったら彼氏ができます、と傍目で確認できるような世界観だったらどんなに救われたことか。まだ覚悟できるし、数字が少なくなったら妹に纏わりつく男子を片っ端から処分したらまた数字も増えて事無きを得られたはずなのに……。


 嗚呼、今後妹にとってのNo.1は私ではなく彼氏となり、彼氏を最優先するような行動を取るのでしょうね。お姉ちゃんお姉ちゃん! と子犬みたいに寄ってくる姿は次第に薄れ、段々と……距離を置かれて、結婚して、子供出来たら……妹のように愛らしい子供が生まれて、毎日遊びに行って、夫をいびりながら妹と姪っ子を愛でたい……。でもそれで私の傷心は癒やされるのだろうか。


「お姉ちゃん、何してんの?」


 私は開いていたアルバム――私の秘蔵妹アルバムを何食わぬ顔で閉じながら、「ううん、本を読んでいただけ」といつもの笑みを浮かべて妹を見やる。


「こんな真っ暗な中で?」

「え……」


 部屋の中が薄暗いことに気づく。

 窓から夕焼けがにじみ出て、妹の輪郭を照らし上げる。


「あら……ら、集中し過ぎて気づかなかったわ」

「ふふっ、慌てて、変なお姉ちゃん」


 妹はケラケラと笑った後、「あのさ、ちょっと車頼んでいい? 明日授業で使う道具、色々買いにいきたいんだ」

「えぇ、いいわよ」


 妹の命令ならお安いご用よ。車の免許も、こうして妹とドライブするために手に入れたの。

 でもそれはもう終わr──うるさい! 今は私は妹との楽しい時間を享受するべき。現実から目を背けろ。


 少し離れた百貨店へ向かう間、妹は何も言わない。

 ……どうして?

 いつもなら、お姉ちゃんとのドライブ楽しい! とハキハキしながらマシンガントークするのに、何故か静かで、少し不気味。

 もしかして、もう……私のこと、眼中にすら無いの? タクシーの運転手と一言二言会話して、あとは目的地までだんまりしちゃう、妹にとって、姉とはそういう立場の存在になってしまうの?


 今年のバレンタインは、妹からチョコをもらえないかもしれない。毎年手作りチョコを作ってくれて、「はい、お姉ちゃん! いつもありがとう。これからも大好きなお姉ちゃんでいてね!」と史上最高の笑顔付きで貰えるのに――。


 うぅ、

 うぅ、

 うぅぅぅぅぅぅ……。

 あ、苦しい。

 とても、苦しい。

 臓器を鷲掴みされるような、きりきりとする痛みを覚えた。息をするのも億劫になるような絶望感に苛まれる。


 このまま、私はこの世界で生きるのか? 私がこの世で最も愛する妹は、他人の元へ向かってしまい、私はその苦しみ味わいながら生き長らえる苦痛に塗れた日々を送らなければならないのか……。確かに私の思想はやや常識から逸脱しているかもしれないけど、旗から見れば真面目で見麗しい誰からも尊敬される姉。何一つとして罪なんか犯していないのに、ただ姉妹というだけで――。


 辛い。

 想像するだけで苦しいのに、私はその世界に足を踏み入れてしまった……。

 嘘よね……。

 ううん、本当。

 認めたくないわ。

 認めたくないの。

 どうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょう。


 今、私は車に乗っている。妹と、最高に仲良しな姉妹で。このままアクセルを思い切り踏み込んで加速したら、この先の交差点で事故を起こせるかもしれない。びゅんびゅんと車が風を切って疾走している。……きっと、助からない。ふたりとも、ね。それでいい? うまい具合に、真っ黒で巨大なトレーラーが疾走してくるのが視界の端に映った。


 あ、

 あ、

 あ……そうね、だって、これ以上は……耐えられない。


「ねぇ、この前付き合ったって言ったじゃん」

「え?」

「でも別れちゃった」

「……えッ!?」


 妹は照れるように笑う。「陰口みたいで嫌だけど、なんかね、面白くなかったの。あっちも、色々楽しませようと会話してくれるけどね……やっぱりつまらなくて。私が退屈そうな顔すると、謝られて、私も……う~んなんかうまくできないし、お互い謝ってばかりで、その後ちょっと距離置いたりもしたけど、……やっぱり別れましょうか? ってなった」


「そうな……の?」


 妹は目を瞑ってうんうん頷いた後、ぱっと開いて私を見つめる。

 そして、にぃっと笑みを浮かべる。ちょっと恥ずかしそうで、でも可愛くてなんかもうヤバイ笑顔だった。私の隣でビックバンが発生したのかと思うほど。宇宙が生まれる。


「あとさ、私は……こうしてね、お姉ちゃんと居る方が何倍も楽しんだもん。次に付き合う人はお姉ちゃんよりも頭よくて格好良くて優しい人にする」


「……あら、そんなこと言って……。まぁ、それは、なかなか難しいと想うわ」

「え~自分で言っちゃう? でもその通りなんだよね~。はぁ、お姉ちゃんよりも大好きになれる人、私探せるか自信無いんだ、もぉ困っちゃうよ」


 嬉しそうに微笑む妹を見て、私まで嬉しくなる。

 ありがとう。




 ──ただ、ちょっと、遅かったかも。

 あと少し、一秒だけでも早く私に教えてくれたら……。


 まぁこうして、眩しい笑顔の妹を見つめ、胸の内に巣食っていた悪夢は消え去り、これ以上ないってくらいの幸せを胸いっぱいに広げて噛み締めている最中なので、よく考えたらこれが最高ドッカーン!



//完

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シスコンバクハツ 八澤 @8zawa_ho9to

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