AKUMU…?

「悪夢障害、いわゆる睡眠障害などの可能性がありますね」


 事件から数日後、律子はとある大学病院の精神科で診察を受けていた。彼女の目の下の隈が、ここ数日の不眠を物語っている。


「はぁ…」


 医師はカルテを片手に、ニコニコとした表情で質問をしていく。


「現在、飲まれている薬は無いようですし、過去に大きな怪我も病気もありませんね。…幼少期になにかトラウマになるような経験はされてますか?それとも現在の職場、私生活に強い不満やストレスなどは感じてはいらっしゃらないですか?」


「トラウマは特にありません…。強いストレスでいったら、先日、職場で上司が倒れて亡くなったんですけど…悪夢を見るようになったのはその前からなので関係があるとは…」


「それ以前には特に何も無かったと」


「はい…思い当たるものは…」


 ライトボックスに貼りつけられたCTやMRI画像などを真剣な表情で眺めたあと、これでもかといった笑顔で振り向き、律子の両目をしっかりと見て告げる。


「先ほど行いました脳の検査結果には特にこれといったものは見受けられませんでしたので、他に原因があるかと思われます。こういった場合は急がず焦らず、一緒に治療法を見つけていきましょう!

 大丈夫…全ての現象には原因があります。原因があって結果が生まれる。大楢さんの悪夢にも必ず原因があるはずです。頑張りましょうね」


「はい、よろしくお願いします…」


 その後、別室で10〜15分程カウンセリングを受け、次の治療の日程までを決めたのだが、どこか判然としないまま律子は病院を後にする。

 もし、自分の体験した全てを伝える事が出来たとしても、理解され、治癒することはきっと無いのだろう、という不確かな確信が、何故か彼女にはあった。




 みぞれまじりの小雨の降る中、律子は傘もささず、一人、広い公園のベンチで頭を抱えていた。葉を落とした木々や、時折吹く芯から冷たい風に、まるで心と体が削られていくようだった。


「はぁ…」


「おかしくなっちゃったのかね…」


 携帯を鞄から取り出し、猫背にアドレス帳をめくるが、誰に聞いてもらったところでどうにかなるような話でないのは解っている。昨晩、カホには全てを伝えたが、「大丈夫、私はずっと一緒だよ」の一点張りで、当然だが、これといった解決にはならなかった。


「…大楢律子さんですね」


 項垂うなだれた後頭部に当たる雨が止み、突然の声に驚き顔をあげるとそこには50代くらいの見知らぬ男性が傘を手に立っている。深く帽子を被り、くたびれたコートの襟を上げ、警戒するかのように周囲をキョロキョロ伺っている様はどうも怪しげであった。


「どなたですか…?」


「…ここではあまり立ち話はしたくないのですが…。貴方の今置かれている状況に、多少なりの理解がある者とでも言いましょうか…」


「はぁ…?」


「もし助けが必要であったり…いや、助けになれるかは分かりませんが、もしお話を聞いていただけるのであれば、ここにご連絡下さい」


 男はコートの内ポケットから名刺を取り出し、律子の座るベンチの端に置くと、逃げるようにその場から去っていった。


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ON A LAND 髭猫 @NEKO_de_MONOKAKI

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