TAMA-TAMA

 東京、下町のどこか。


 築60年は経つだろうか、今ではなかなか見ることのない、和室一部屋の、まるで骨董品のような貸しアパートの一室。天井からぶら下げられた裸電球が薄く照らす室内に家具などは一切無く、荒涼としている。


 その部屋の中空にピタリと浮かぶ、直径30センチほどの、二つの黒い球体。


 ヴンッ…


「…始まったね」


「うん、始まった」


「でもまだまだ先は長そうだね」


「いや、案外早いかも」


「楽しみだね」


「うん、楽しみだ」


 細く高い、子供の様な声質だが、口調は大人のそれっぽくもある。


 どうやらこの会話は、二つの黒い謎の球体から発せられているようで、黒から、ノイズがかった金色に変色している間にだけ声がする。


「まだやれることってあるの?」


「いや、しばらくは何も無いんじゃないかなぁ」


「あぁ…待ち切れないよ」


「経過も楽しまなきゃ」


「そうだね」


 ヴンン……


 二つの球体が会話をやめると同時に部屋の扉が鳴った。


 コンコン…


「田中さーん。そろそろ今月のお家賃をお願いしたいんですけどー」


 アパートの大家らしき中年女性の声が扉の向こうから聞こえる。


「あれ?いないのかしら?おかしいなぁ、電気点いてたんだけどねぇ…お風呂にでも入ってるのかな…」


 ドンドン!


「田中さーん!今月分のお家賃、お願いしますー!田中さーん!!」


 ドンドン!ドンドン!


 ヴンッ…


 扉に近い方の球体が金色に変わる。


 ドン!…


「…………あらっ!やっぱりお風呂入ってたの!ごめんなさいねぇ。私はいつでも構わないんですけど、主人がねぇ…。規律が乱れる!とか何とかで、一度言い出したら聞かないもんでねぇ。


 ……………そうなのよぉー。ほんと困っちゃうわぁ。オホホ。」


 玄関の扉は閉まったまま、女性の楽しそうな声だけが聞こえる。


 「……………はいっ、それじゃ確かに今月分のお家賃、頂戴しましたっ。じゃあまた来月もよろしくお願い致しますー。湯冷めしないように、あったかくしてお休みなさいねぇ。


 ……はーい、失礼しますー」


 トットットッ…


 ヴンン……


 金色だった球体は黒くなり、再び静寂が訪れる…




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