recipe 1 軽めイタリアン
【from第一部】海老とブロッコリーのリゾット、魚介のマリネ風サラダ(前編)
今日は休日。俺にとっての。曜日は木曜で、世間では大半の人が働き、学校に行っている日。
朝、結構遅めに目覚めて、ベッドから出るととりあえずシャワーを浴びた。
洗濯機を回し、キッチンの冷蔵庫から自家製のレモンシロップを取り出すと、氷を入れたグラスに注いで炭酸水で割った。レモネードサワーの出来上がり。
壁の時計を見る。十一時十五分。そろそろランチの時間だ。
さて、何を作ろうか。
今日は
下処理を済ませたするめいか、むき海老、ベビー帆立。ブロッコリー、玉ねぎ、にんにく、あとレタスなどの葉物野菜。
粉チーズと牛乳はあるから、あれとあれの二品は作れるな。キッチンボードのストッカーにはトマト缶、乾燥パセリ、コンソメ顆粒も揃っている。
よし、そうしようと思ったところで、カウンターに置いたスマートフォンがブルル、と揺れた。
麗子からのLINEが来ていた。
《ゴメ~ン(汗)
講義のあと、学生たちと議論が盛り上がっちゃって。
今日中に片付けなきゃならない仕事が後ろ倒しに(汗)
ひょっとすると、予定よりちょっと遅くなるかも……三時過ぎとか》
いつものことだ。午前中に講義があると聞いた時点で、予測はついていた。
小さくため息をつくと、携帯電話というものを持ってまだ数ヶ月の割には結構慣れてると評価を受けた手つきで返信を打った。
《分かった。じゃあ昼メシは済ませて来るよな?》
《うん、そうする。晩ごはんは?》
《時間次第。早けりゃ外に食いに行けるし、遅くなるんやったらテキトーになんか作る》
《何か買っていくものある?》
《ロゼワイン。高くなくていいから》
《分かった。なるべく早く行くからね♡》
《気をつけて》
スマホをカウンターに戻し、レモネードを飲み干すと、
ビールをひと口呷り、また冷蔵庫を開けた。
午後四時前。インターホンが鳴って麗子が来た。合鍵は渡してあるが、俺が居ると分かっているときは必ずインターホンを鳴らす。よく分からないけど、麗子なりの線引きがあるようだ。
ドアを開けると、麗子はワインの入った細長い紙袋を顔の前で掲げて、
「お待たせー」
と言いながら入って来た。俺は紙袋を受け取り、ドアを閉める。蹴るように靴を脱いで廊下に上がった麗子は、肩にかけていたでっかいバッグを床にドスンと置くと、俺に振り返り、
「勝也ー」
と言って俺の首に両腕を回して抱きついてきた。
「え、どうしたん」
「だって、二週間ぶりよ。あー勝也の匂い。ホッとする」
「そこそこ飲んでるんやけど」
「みたいね。それも含めてのあんたの匂いよ」
麗子は俺の肩に顔を埋めた。「はぁ。やっと会えた」
「は、大袈裟」
俺は紙袋を持ったまま麗子を抱きしめた。この二週間はお互いかなり仕事が忙しく、日に一回程度のLINEの短いやりとりだけで、メンタルを含めてどういうコンディションでいたのかもほとんど確認せずに過ごした。親友として九年、恋人になって一年ちょっとの長い付き合いだが、顔を見ず、声も聞かなければさすがに軽く心細くなる。それは、大概のことについてあれこれと気弱で繊細な考えを巡らせることを良しとしない麗子でも同様みたいだ。
部屋に入ると麗子はリビングのローテーブルの前に座り、俺はキッチンに入った。そして麗子が持参した紙袋をちょっと覗く。ラグレイン・クレッツェル。イタリアのロゼワインだ。それと、アイスクリームのカップのような容器に入ったモッツアレラチーズ。トマトがあるから、カプレーゼが作れるな。
「昼メシ、済んでるんやろ?」
紙袋からワインとチーズを出しながら訊いた。
「うん。仕事しながらサンドイッチ食べた」
「じゃ、軽く飲む?」
「んーどうしよう。やめとこうかな。すぐ潰れちゃうし」
麗子は下戸だ。前よりはだいぶ飲めるようになったけど。
「勝也は飲んでもいいわよ」
「うん、そうする」
野菜室からほぼ完熟のトマトを出して水洗いし、モッツアレラとともにスライスしてカプレーゼを作った。ワインとワイングラスを二つ、ローテーブルに運ぶ。それからカプレーゼの皿とノンアルコールのカクテル缶も。
「だから、飲まないって言ったわよ」麗子が言った。
「わかってるよ。だからこれ」
そう言って麗子にカクテル缶を渡す。「シャルドネのスパークリングテイスト。なかなか旨い」
「へえ」
麗子は缶に描かれたワイングラスの写真と文字を眺め、プルタブを引いてグラスに注いだ。そして俺がイタリアワインをグラスに注ぐのを待って、乾杯、と言いながらグラスを傾けた。
俺がグラスを合わせようとしたところで、麗子は「待って。やっぱその前に」
と言うとちょっと首を傾けて俺を見つめた。
「え、なに」
分かっていたけど訊いてやった。
「二週間ぶりよ。まずは先に」
「どっちでもいいやん」焦らしてやろ。
「だーめ。先に」
「なんで」
「いいから」
そう言うと麗子は自分のグラスをテーブルに置き、俺の手からもグラスを取り上げてその隣に並べた。
そして俺の両手を取ると、はい、と言う感じで見上げて来た。
ま、そうなると俺もこれ以上先延ばしにする気はない。
顔を近づけて、二週間ぶりのキス。しっとり、たっぷり。
顔が離れると、麗子はふふっ、と笑ってゆっくり瞬きした。あーもう、キュン死しそう。見慣れてるはずなのに。
それぞれにひと口飲んで、麗子はチーズを一つ取ってかじる。俺はワインのボトルを眺めて、さらにグラスを傾けた。
「それで、どうする?」麗子が訊いてきた。
「晩メシか? 作るよ」
「違う。結婚のこと。今日相談しようって勝也が言ったのよ」
「あーそれな」俺は頷いた。「じゃ、今日はとりあえず、ざっくりしたことだけ決めよう」
「何よそれ」と麗子は笑った。「結局面倒臭がってるんじゃない」
「そんなことないよ。ただ今日はそんなに詰めなくてもいいかなって」
「どうして? 今日はそのために約束したのに」
「まぁそうやけど。それだけでもないしさ」
「……どういうこと?」
麗子は悪戯っぽい目をして口許を緩めた。
「晩メシつくらなあかんし、食べもするし。風呂に入って、セックスもするし」
「また露骨な表現ね」麗子は肩をすくめた。「オブラートに包んでよ」
「包む必要ありますかぃ?」
俺は言うと、麗子の肩を抱いてフロアに横たわらせた。「なんなら今、一回やっとく?」
「飲みすぎよ、勝也」麗子は俺の頬に両手を添えた。「だったら晩ごはん食べながらの相談でもいいわ。エッチはそのあと、たっぷりすればいいじゃん」
「焦らすんやなぁ」
「さっき勝也も焦らしたでしょ」
そう言って麗子は俺の唇を指で撫でた。「さ、だったら早めに取り掛かったら? ワインのリクエストから推察するに、シーフードのイタリアンよね?」
「……いつもながら、飲まれへんのに詳しいんやな。宝の持ち腐れ」
俺は言って、ゆっくりと身体を起こした。
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