帰らざる巫女の物語
@HighTaka
序章
眠り病が全土を襲っていた。不意に発生したこの伝染病はまたたくまにコロニーの一都市と二十村落に広がり、祖先の遺産を使った賢者たちの必死の研究もむなしく人々は介抱するものもなく斃れていった。
最後の一人はどうにかある程度症状をおさえる薬を見いだし、自らに処方した若き賢者だった。もう誰も動かない死の町をさまよった彼は、町外れで絶望にうちのめされ、病気に抵抗することをやめた。
「なんだ、あれは」
もうろうとした意識の中で彼が最後に見たのは、霧の森からぞろぞろと現れた見たこともない人影だった。
「…みこ、イツキ媛の巫女」
イツキは目をぱちりとあけた。夢だったのか。彼女は大きくのびとあくびをした。
「また夢ですか」
年の頃は同じくらい、つまり髪上げからそうたってもいない少女が敬語で端座していた。
隣家の娘で幼なじみ、そしてイツキの役割を知る限られた人物の一人である。
「ええ、おつとめのあとはいつも変な夢を見るわ。すぐ忘れるけど」
もう忘れ始めている夢のことを彼女はむなしく記憶にとどめようとしていた。
もうだめだ、いくつかの断片的な印象しか残っていない。
「ご飯の支度ができてますよ」
「ありがとう」
小さいころは遠慮もなかったし、どこかよそよそしい目でもなかった。イツキはいつものことだがため息をそっと吐いた。幼なじみの目にやどるものを正しく理解できるほど彼女は人間を知らない。知っていればそれが親しみと畏れと羨望と嫉妬の交互にわきおこる乱流と読めたはずだ。だが、これは本人すらも自覚していないことである。
イツキは特別だった。
「きょうはみんなで織物の日だったね」
「だから急いで食べてね」
少女は傍らのバスケットをあけた。麦粥と干し肉のあぶったもの少々、それに摘菜のあえものがはいっていた。
村の中では彼女も表向き娘衆の一人にすぎない。仕事はみなと同じようにする。
「そういや、あんたの晴れ着を作るんだよね」
「ええ」
ぽっと少女のほほに花がさく。彼女は次の収穫のあとで結婚がきまっていた。小さいころは彼女が兄のようになついていた青年だった。
いいなぁ、イツキはうらやましく思う。彼女にそんな相手はいないわけではなかったが、その男は少しすると遠くの別の村に婿養子に出されてしまった。最後は口をきくのも許されなかった。
イツキは特別だった。イツキの媛巫女と呼ばれるのはそのためだ。「おつとめ」がちゃんとできるものは彼女くらいしかいない。
「あ、そうだ」
少女はふいに思い出したように話題を変えた。
「昨日、変なのが村にきたんですよ。中央世界人らしいですけど、あんなの見た事ない」
「へえ、あとでみにいっていいかな」
「一緒にいきましょう」
好奇心にきらきら輝く目で少女はいった。
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