第210話

 ……とは言っても、一瞬だがちょっと気になる事柄が無いわけでもない。

 ……あの御簾越しでお声を下された時、ほんの一瞬キラリと光った何かが気にかかっている。確かに今上帝が座す、御簾の向こうで光った何か……。

 その時の会話に御神刀の事があったから、何かあるのではないか……と、心配性だから気にかかっているが、今上帝は冗談だと申され、お言葉通りに皇后様にお見せになられ、そして御いでになられるという。

 朱明との会話の冗談すらも、皇后様にお話しになられたのだから、御心に何ら隠し事は無い、という事だ。

 朱明は小心者ゆえの心配性を、自分で呆れる様に思った。


 暫く休んだ伊織は参内すると、その日から再び多忙な日々を送る事となったが、義理の兄となった朱明の元に挨拶にやって来た。


「母が暫く滞在致し、皇后様のお気遣いに水をさしてしまいました」


 朱明が申し訳無さげに言うと


「いや、実は宮中から我が母も参っておりまして、えらく気が合うた様でお引止め致したのです」


 伊織が恐縮の様子を見せるから、朱明は何だか小っ恥ずかしくなったりする。

 年頃は同じか、一つ二つ伊織が下かもしれないが、伊織は雲の上の人で朱明は地下の者であったから、身内となり義理の兄弟となったわけだが、なかなかそんな状況に慣れるはずもない。


「……ところで、主上の御持ちの御神刀なの……」


「主上様は、御神刀を御持ちなのでございますか?」


 朱明は思わず声を荒げて聞いた。


「ええ……皇后様に御見せになられると言われ、そのまま御側に御持ちなのだ」


 朱明が神妙な表情を作った。と同じ表情を伊織も作っている。


「……何か解せませぬか?」


 朱明が探る様に言うと、伊織はゆっくりと頷いて見せる。


「そなたもか?……私は何やら、良からぬ心持ちがしてならぬ……」


「実は私も……得体の知れぬ不安に、かられております……」

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