第93話

 今上帝の金色こんじきまなこが、光を煌々と放ち始めた。

 ひさしに佇んで一部始終を覗き見ていた伊織が、駆け寄ろうとした刹那、庭に人影を感じて目を向けた。


おぞましき化け物……」


 狩衣姿の男の姿に、瞬時に伊織は例の邪道陰陽師だと察して、慌てて視線を母屋の中の今上帝へ向けた。

 すると煌々と金色の瞳を輝かせて、今上帝がこちらを見て笑みを浮かべている。その不気味な笑顔に、伊織は身動きが取れなくなってしまった。


「……そなた……」


 今上帝の笑顔が恐ろしい……。獲物を見つけて、甚振るを悦とする獣の様だ。

 背後に金色こんじきの光が立ち上がり始め、それがクルクルと回りながら帯となって天に昇り始めた。

 そして天空で孤を描いていたかと思った刹那、閃光となって陰陽師に襲いかかったかと思った瞬間、つんざく音が後院に響いた。

 煌々と輝く光の中、法皇が陰陽師を庇って身を貫かれ、呆然とする陰陽師を突き飛ばして、その輝く光の中から押し出した。


「……今上帝よ。暫し……暫しもう少し語ろう……未だそなたに、最愛なる皇后を仕留めた話しを致しておらぬ……」


 法皇はそう御言いになられると、一瞬身を屈められた。


「兄君様……」


 陰陽師はそう叫ぶと、跪く法皇に駆け寄ろうとして、それを法皇によって制された。


貝輝がいようよ……この間に逃げよ……父子の争いに、そなたを巻き込んだは、私の過ちである。そなたの母御は、御父君様が最期に知り得た安らぎの場であったと、私は信じておる。最後の最後に最愛なるものを得られ、後を追われてみまかられた。何ともお幸せなお方であろう……。そしてこの私も、最後にそなたと共に居れた事を、幸せと思うておる……ゆえにそなたは生きよ。私の分も生きよ。己が思う通りの生き方を致して、その生を全う致せ。母が下賤ゆえに辛い思いを致し、僧となったそなたが我ら皇家の者達よりも、遥かに幸せであったとそう示してみよ」


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