第45話

 今上帝が視線を御止めになられると、医師は恐怖の余り声を荒げ


「お許しください。私はただ命ぜられたまま……命ぜられたまま致しただけでございます……まさかこの様な事とは……」


 そう言ったかと思うと、御寝所を飛び出して清涼殿の東庭に、きざはしを使わずにそのまま飛び降りる様に地に落ち、ピクリともせずに絶命した。

 さほど高くも無い所から地に落ちて、有り得ない状態で首の骨を折ったのだ。


「……哀れなヤツよ……何も知らされておらぬとは……だが言わずとも、全て解っておる……」


 今上帝は不敵な笑みを浮かべられて、恐れおののく医師達を見つめられた。 

 そのお姿を拝して伊織は、背筋が凍る程の恐怖を感じた。




 安倍朱明は陰陽寮で陰陽頭おんようのかみと、今上帝に施された呪を解いていたが、今上帝が目覚められた事を、伊織の命を得て告げに来た、蔵人によって知らされた。

 そして二人は伊織に、蔵人所に呼ばれて床に跪いた。


「主上におわされましては……」


 伊織はそう言いかけて、神妙な面持ちの二人を交互に見やった。

 陰陽頭も朱明も、畏まったまま伊織の次の言葉を待っている。


「……呪は解けたのか?」


「いえ、我らの力ではございませぬ」


 陰陽頭が、物静かに言って頭を下げた。


「……ならば?」


「向こうが、解いたわけでもないかと……」


「……ならば?」


 伊織は息を呑む。


「判然とした事は……ただ偉大なる尊き力が、動いたかと存じます」


 その言葉に、朱明も同調する様に頭を下げた。

 が邪道なる物下賤なる物の、呪とか術とかの類いでは無い事は、不慣れで不得手ふえてで経験不足の、朱明ですら解る程のものであった。

 は尊く気高く崇高で、人間などの力の及ぶ物では無い。

 は人間がどうにか、できるの物では無くて、できうるならば朱明が近寄りたくないだ。つまりに近い物で、決して人間が立ち入れないだと朱明は思った。



 

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