第35話

 つまり朱明は、今上帝が倒れたと知り心配した処で、今上帝に会える処か清涼殿で傅く、伊織にすら会いには来れないのである。


「す、すまぬ……気が動転しておるのだ……」


 伊織は朱明に促されるまま、寝殿のひさしを歩きながら言った。


「伊織様が、動転される事もお有りなのですね?」


 朱明が微かに笑んで言う。


「当然であろう?主上がで……女御様は御子様方を、主上の元に逃がされた……一体如何して……」


 すると朱明が立ち止まって、伊織に碧くそれは美しい羽根を差し出した。


「瑞獣様の御遺しの、御羽根でございます……」


 朱明は顔容を歪ませて、微かにはなすすった。


「何を?瑞獣様とは女御様の事か?……まさか、瑞獣の力は凄い物だぞ?」


「……はい。ゆえに産後の、御弱りの時を狙われました……」


「はっ……」


 伊織の顔容が歪み、顔色を変える。

 伊織は自慢では無いが聡い方だ。

 御子様方が母の典侍と逃げて来た時から、そんな予感は持っていた。

 然程の神力を持っている瑞獣が、御子様を逃すというのは、意味しか考えられない。だが伊織はその予感を全否定した。なぜならそうしなくては、もはや自分が保てない。偉大なる青龍を抱きし今上帝が昏睡となり、そして瑞獣の女御まで……となれば、恐ろし過ぎて先を考えるのが怖くなる。

 だが予感は現実となり、それはかなり恐ろしい事が起きているという事だ。


「伊織様……」


 伊織は眩暈を覚えて、朱明に支えられた。


「主……主上におかれましては、未だ御目覚めの兆し無く……陰陽頭おんようのかみに言わせると、邪道なる呪もかけられているそうだ……」


「邪道なる呪でございますか?」


「ああ……主上を昏睡と致す呪だ……」


 伊織は朱明に支えられながら、ふらつく足を運んで母屋に向かう。


「瑞獣様の……伊織様のいかづちが落ちました屋敷の庭に、邪道なる護符の切れ端が……」


「何と?同じ者の仕業か?」

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