一巻

第2話

「中宮ではなく、皇后でございますか?」


 伊織が、御聞きした瞬間に聞き直した。

 中宮とは三后の総称であったが、それが皇太夫人の別称となり、今や皇后の別称である。皇太后、太皇太后とお呼びするものの、の中津國では、皇后より中宮とお呼びするが常となっている。大人の事情がいろいろ動いて、皇后が居住とした中宮を転じて呼ぶ様になった様だが、の中津國では、天子の嫡妻は中宮と呼ばれ、皇后は立てられていない。

 だが、今上帝には幼い頃より思い続けながらも、それは酷く裏切られた中宮が存在した。その中宮は自ら髪を切って落飾し、仏門に入ってしまった為、その後中宮は存在しないから、その御寵愛振りからも、中宮となるは当然と思われていた女御を、とするという。

 だから伊織は、と確認したのだ。


は未だに、幼い私が思い続けた中宮を気に致しておるからな、中宮は絶対厭だと申すのだ。またまた、中宮の代わりにする気か、と痛く無い腹を探られても困惑である。ゆえに皇后と致す事とした。どちらと致しても、私のであるは変わりない」


「……確かに……と申されますより、未だに女御様は中宮様を?」


「これ程寵愛致しても、中宮を引き合いに出すは、呆れ果てたるものである」


 今上帝は大きく嘆息を吐かれて、困惑の色を御浮かべになられた。

 余りに長く思い続けらた中宮を、最愛なる女御が気にするのは致し方無い事と思うが、長年お側で御仕えし、かのお方との初恋の全てを知っている伊織に言わせれば、かの中宮への愛情など御寵愛の女御に対するものの比ではない。とにかく愛を貪る瑞獣鸞の女御とは、呆れる程の相思相愛振り……処か、その愛情の深さによって、今上帝がお抱きの青龍の大いなる力を抑えるわけであるから、その愛情たるや高々の人間のではない。

 しかし中宮が通常となった現在、再び皇后を復活させるという。それも前の妻を、今の妻に思い出させぬにだ。


 ……何たる恐妻ぶり……


 大きな溜め息の伊織である。

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