- 紫藤記 - 紫藤色に染められて、輪廻の蓮花 ー桜舞い散る中での邂逅ー

もっちり紫藤

第1章 - 現代編 - 基経の憑依と促し -

第1話 ー桜雨ー 謎の貴公子との出逢いー


〜*プロローグ*〜


- これは、千百数十年前の歴史に隠された

とある愛の物語 -


春の吉日に、いつかみた景色 -

記憶の彼方

春霞む薄墨色の空に桜が舞い散る

その桜吹雪の向こう側にいるのは…



桜花散り交ひ曇れ 老いらくの 

来むといふなる 道まがふがに




- 桜花よ、散り乱れて視界が曇るほどになれ 老いらくの神がくるという道がわからなくなるように -





- 桜雨 - 謎の貴公子との出逢い -



ザーッザーッ


「もう嫌だ、なんでこんなに降るのよ、今日に限って。ずっと前から楽しみにしてたのに、お気に入りの日傘がダメになっちゃったじゃない」


「まぁまぁ、さっきコンビニで買ったこの大きいビニール傘に代えて、タクシー乗り場までは頑張ろうよ」



友人の尚子なおこに宥められ、仕方なく傘を替えた私はタクシーに乗り込む



小さい頃から見慣れた狭い道や茶畑の続く

長閑な風景を何とは無しに車内から眺めていると、

段差があったのか、お尻が宙に浮く程ボコっと車体ごと揺れる



身体が一瞬宙に浮き、驚くと同時に、

急に意識が遠くなった-




『あっ…!』落ちちゃう…

誰か、助けて


大きな石に乗り上げた牛車の車輪が傾き、

牛車から身を投げ出される


もう、助からないと思い、宙に身体が数秒間投げ出された後、


ふわっ…と心地良い甘やかな薫りに包まれ、暖かい腕の中にギュッと抱きしめられた-


上目遣いでおそるおそる、目を開ける-


そこには一見、男の人か女の人か判別し難い端正な容貌をした貴公子が、

私を心配そうに見つめ、抱きしめていた


『…怪我はないか?

姫君に傷が付いてはいかぬからな』



貴公子の背後には、巨椋池おぐらいけの水面に

薄紅色の蓮の花が一面に咲いているのが見えた



私の運命はその日から動き出す-



-ピキーン-



『やっと逢えた、愛しい私だけの胡桃子くるみこ

『…ずっと長い間待っていたのに、

私の存在に気付いて貰えなくて散々苦労したことよ…』



謎の貴公子は心底嬉しそうに微笑みをたたえながら、胡桃くるみに憑依する



『でも、胡桃子は私の存在がまだおぼろげにしか見えていないようだな…』



貴公子はやれやれと肩をすくめる

『悲しいし、寂しいが…まぁ仕方がないか、気長に促すしかないな…』


かいだことのあるとても懐かしい心地良い薫り、、貴方は誰なの? -



心地良いかいだことのある薫りと、

誰かよく分からないおぼろげなその人が

微笑みかけているような気がした



「あれれ、タクシーのなかだよね…?」



- 今のは何だったのだろうか、急に意識を失い、牛車から落ちそうな夢を見たり、

不思議な雰囲気の高貴な人が出てきたり…



鞄の中からスマホを取り出そうと探るが、鞄には見覚えのない藤の紋様の入った古い鏡が入っていた



なんだろうこの鏡と思いながら、まぁいいかと鞄を閉じる



タクシーで醍醐寺だいごじに向かった私達は、

雨に濡れた桜も乙なものだと話していた



境内を2人で話しながら歩いていると、

私は偶然、涅槃像ねはんぞうと目が合った

それが、誰かよく知っている人の表情に見えてきて、その場で立ち竦んでぼんやりとしていた


私が涅槃像に魅了されている間に尚子は門の向こう側に行ってしまう



涅槃像から雨に濡れる桜の木に目をやると、ふと思う



この景色は美しいのに、ひどく心が悲しくなるのは何故なのだろう -



桜が雨に濡れて、花吹雪の舞う中、さっきも脳裏を掠めたあの人がどこか遠くへ行ってしまう気がした -



- ただそのことが、私にはひどく悲しくてたまらなかった -





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