褒めてもらった英単語ノート
Z先生の授業中に学校で出された数学のドリルに取り組むこともあったが自分の勉強で英単語を覚えることもあった。
その単語帳はE検を受ける前、自分で作ったいわゆる『自作」の単語帳だ。
ルーズリーフに知らない単語と英語で説明した意味、そしてその単語の例文を記してある、とても単純な単語帳だった。
毎回わからない単語に出会っていたのでその度にルーズリーフの枚数は増え、ぺらぺらだったルーズリーフのノートはあっという間に分厚くなった。
E検の対策の時に本物の単語帳と合わせてよく使っていた。学校にいた時も電車のなかでも、何かの待ち時間でも。E検を受けることは塾には内緒だったので塾で開くことはなかったがそれ以外の時間を割いて必死で覚えていた。
その単語帳を使ってまだ半年ではあったが、自分の扱いが悪かったせいか、シャーペンで書いた文字は色あせてぼろぼろに近い状態だった。
E検に落ちた直後は英字を見ることさえ辛かった。でもとりあえず何かやらないといけない。そんな危機感があってしぶしぶ使い古しの英単語ノートを取り出して英単語を1から覚え直し始めた。
その様子をいつもZ先生は興味深そうに見てくれていた。
「お姉さん、今日も英単語覚えてるの?」
授業前に単語ノートを開いて必死で単語を頭に詰め込んでいたある日、Z先生にそう聞かれた。私は「気にしてもらえた!」と思って嬉しくなった。
「はい、いつも覚えてます」
「自分で作ったの?それ」
「はい、自分でわからない単語を書き出して意味を書いて、例文も書きます」
「すごいなあ」
感心してくれるZ先生。それだけでも私は嬉しさの絶頂にいた。
「見せて、その単語ノート」
「え?」
私からすれば予想もしていなかったことだった。まさかの単語ノートを見たいと言い出したのだ。
正直、驚いたが「やっとそこまで聞いてくれたか!」とすぐに心の中で歓喜した。
「はい、どうぞ」
そう言って、単語ノートをZ先生に渡した。
Z先生は私から単語ノートを受け取ると、パラパラと単語帳をめくり始めた。
「へえー、全部手書きなんだあ」
「はい。意味も一応英語で書いてます」
「ああねー。すごいなあ、全部英語とか。例文も自分で考えてるの?」
「はい、一応自分で覚えやすい例文を作ってます」
「えぐっ。そこまでやるんだあ」
Z先生の顔には心から感心している様子がうかがえた。
お世辞じゃなく、本当に褒めてくれていることが伝わってきた。
それが、身に染みて嬉しかった。
「え?これってさ、英語の先生に言われてやってるの?それとも自主的にやってるの?」
「自主的にやってます」
「それはすごいわあ」
Z先生の褒め言葉に自分の顔がちょっとだけ熱くなっているのを感じた。
真夏だったから余計に。冬になって寒くなっちゃえばいいのに。
「顔、赤いよ」
「え?」
ばれた?
「ごめん、照れちゃった?」
「いや、照れてないです!」
更に自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
「も、元々なんです!私、ちっちゃい頃から顔が赤くなるっていろんな人に言われてるんです」
これは事実。私は生まれつき、りんご病と間違われるくらい顔が赤くなってしまう人だった。ちょっと走っただけでも恥ずかしくなっただけでもすぐに顔が真っ赤になってしまう人だった。
「あーそうなんだあ」
そういうZ先生の顔はいたずらっぽくてにやついていた。
「本当なんですって、信じて下さい!」
「はいはいはい」
それでもZ先生の表情からいたずらっぽさは消えない。
あーーー!先生!
「ずっとその単語ノート使ってるんですけどまだまだ覚えきれないんですよね」
「うん、だってここに書いてある落書き、まだまだって書いてあるもん」
あ。
なんでZ先生は今日、こんなに勘が鋭いんだ。
いつもは気づかないくせに。
Z先生に落書きを見つけられてしまった。ハムスターの落書き。
ページの端っこにはZ先生の言われた通り、ハムスターと「まだまだ」という吹き出しの落書きが残っていた。
また恥ずかしさで顔が赤くなる。
消しとけば良かった。恥ずかしい。
私はどうすることもできず、ただおかしくて笑うしかなかった。
私の笑う表情を見て、Z先生もつられて笑い出した。
「恥ずかしいです」
「恥ずかしいねえ」
Z先生は私のことをからかいながらもなんだか嬉しそうだった。
「あとで消しときます」
「いや、消さなくてもいいんだよ」
その言葉通り、そのハムスターの落書きはZ先生のことを思い出すので消すことはできなかった。
「はい、これ返すねー。ありがとう」
Z先生から単語ノートが返ってきた。
「いいえー」と言ってZ先生から単語帳を受け取る。
そして返された単語ノートを一回ぱらっとめくってからすぐに机の端の方に置いた。そして代わりにいつものテキストを机の端から引っ張り出した。
「それじゃやりますか、先生」
テキストを取り出しながら私はZ先生に微笑んで見せた。
「うん、やろう」
さっきまでのいたずらっぽい表情はどこやら、Z先生の顔はいつの間にか真面目ムードに切り替わっていた。
家に帰ってからもZ先生に褒められたことが嬉しくてずっと子供の様にはしゃいでいた。家族には不思議がられたが。
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