夏期講習 ー戦いの幕開けー

 じりじりと蒸し暑い夏。

 容赦なく照りつけてくる太陽。

 春は温かい日差しの太陽だったが、夏の太陽は厳しい。


 


 この年は早めに学校が終わり、同時に夏期講習も始まった。




 いつもだったら夏休みが始まるとだらけて暇を持て余していた私。

 でも今年はもう遊べそうにない。


 いいんだ、それで。

 Z先生っていう大好きな人と過ごせる夏だからいいの。

 

 家族にZ先生が好きであることが 勘づかれたくなくて、


「夏期講習、大変そうでやだなあ」


 とぼやいていたが、


 内心はこれから始まる夏の戦いがどんなものになるのか、ずっとわくわくしていた。


 


 「学校の宿題」という理由で受験勉強の時間を削られることが嫌で、学校の宿題は夏休みに入る前から手をつけ始めていた。


 一刻も早く、学校の宿題を終わらせて勉強するんだ。

 そんな意気込みだった。

 だから最初の1週間は自習室には行かずに塾に行く直前まで家で宿題をし、ドリルなども塾の授業中の空き時間(授業直前や早く問題を解き終わった時)を利用して進めていた。


 

 初めての夏期講習の日、扉を開けてみたら多くの人でごった返していた。

 

 必死で受付までの道をかき分け、なんとか入り口に立ち、出席を確認するカードをセンサーにかざす作業を終えた。


 顔をあげると受付で楽しそうに他の先生と話すZ先生の姿があった。


 受付を回って教室へ向かう廊下の入り口に行こうとした時、人だかりの中でZ先生と目があった。


「あ、先生」


 心の中でそう思った。



 「あ、来た」


 Z先生のそんな表情が見えた。

 

 Z先生はさっきまで話していた他の先生と別れ、私が来るのを待っていてくれた。

 そして私がZ先生の近くまで来るとZ先生は私を教室へと案内してくれた。


 Z先生の大きな背中を必死で追う私。

 沢山の人でごった返していたのでZ先生とはぐれない様にとにかく必死だった。


 このシチュエーションは今後の夏期講習中に何度も起こる。



 ようやくZ先生が足を止めた。一番奥から手前の教室。

 

 そこにはすでに他の生徒がいた。他の生徒を見て、春期講習の頃を思い出した。


 Z先生に目で座る様に促され、私は席についた。


 「よいしょっ」


 と言ってZ先生も私と少年の間に腰をおろす。


「こんにちは」


 挨拶をし忘れていたので挨拶をする。


 するとZ先生も、


「こんにちは」


 とそっけなくではあったが挨拶を返してくれた。


 それから私は学校の宿題を終わらせる為に早速数学のドリルを開いた。

 Z先生も授業準備をしていた。

 隣の子はなにやらスマホでゲームに夢中な模様だった。


 

 そして授業が始まった。


「さあってと・・・やりますか」


 Z先生はチラッと私の方を見た様だが、私が一生懸命数学のドリルをやっている様子を見て、声をかけることをやめたらしい。


 隣でスマホゲームを楽しんでいる少年に声をかけていた。


「お兄さん、やるよー」


「先生、あとちょっとなんでもうちょい待ってくれませんか?」


 横で悲痛な少年の声がする。

 私は手を動かしながらも少年とZ先生、2人の会話を聞いていた。


「だめだめだめだめ、やりますよー」


「お願い、先生!!」


「だめだって!ほら、隣のお姉さんは真面目にやってるよ」


 いきなり私のことが出てきたのでどきっとした。


「いや、あとちょっとなんですー!」


 チラッと顔を上げて少年の様子を見ると彼はゲームから目を離さずにずっと手を動かしながらZ先生に懇願していた。


 ゲームって怖い。


 そう思いながら私は視線をドリルに戻した。


「ほらはーーーやーーーく、はーーーやーーーく」


 そう急かすZ先生。


 返事はない。

 

「もー、しょうがないなあ。じゃあ、あと5分だけあげるよ」


「やったあ」


 少年の歓喜の声。Z先生は呆れていた様だ。


「で、・・・今日はそれやる?・・・お姉さん?」


「はい!?」


 私に話しかけているとは思っておらず、「お姉さん」と呼ばれて慌てて視線をZ先生に移す。


「今日それやる?それ、夏休みの宿題?」


「はい、そうですけど・・・」


「今日そのドリルやってもいいよ」


「いえ、大丈夫です。いつもの教材で」


 慌てて遠慮する私。いつでも出来るドリルの為にZ先生の授業を使いたくなかったのだ。


「いや、別にいいよ。今日それやっても」


 そっけない態度で言ってくるZ先生。

 片手にはその日やる予定だった教材を抱えて。


 何だかZ先生に対して申し訳なさでいっぱいになった。


「いえいえいえ」


「いやいやいや」


 お互いに首を横に振る。どう見ても周りからすれば変人の集団だ。


「せっかくの授業なので、いつも通りやりたいんです!」


「ああそう」


 結局その日は私の意思を貫き通した。


 ドリルを閉じて机の隅っこに置き、代わりにドリルと一緒に取り出した、いつも使っている教材を開く。


「別にお姉さんが持ってきた他の教材使ってもいいからね」

テキストを開いていると、そうZ先生が言ってきた。


「いえ、大丈夫です。せっかくZ先生が準備してきたのに申し訳ないんで」


「いや、俺は、別に、別に大丈夫だよ」


 そして夏期講習の授業を始める。まずは今までやってきた勉強からの復習。


 数学の夏期講習は「展開」からスタートした。計算に関しては単純作業なので比較的得意だった。Z先生に問題を解く範囲を言い渡され、早速解き始める。



 明らかに10分以上は経過していたのだが、Z先生はようやくゲームから目の覚めない少年を現実に引き戻し始めた。


「ほら、早くやるよ。10分以上経ったよ、お兄さん」


「え!?もう?」


 驚く少年の声。よほどゲームに夢中になっていた様だ。


「でも、俺は10分以上待っててあげたんだよ」


「そっか。じゃあ・・・」


 ようやくあの少年はゲームの世界から抜け出した様だ。


 やっと問題に集中できる!


 そう喜んでいたのも束の間。


「最近、なんのゲームやってるの?」


 せ、先生!


 なんと今度はZ先生の方からゲームの話を切り出した。


「あー、俺ですか?」


「うん」


「最近、これめっちゃハマってるんですー!」


「えー、見して」


「これ」


「おおー、知ってる!やっぱハマるよな!」


 少年がゲームをやめた代わりに今度は少年とZ先生、2人もろとゲームの話で白熱し始めたのだ。


 これだからゲームは怖い。


 でも、2人ともなんだか楽しそう、いいなー。


 そういえば私、人見知りなんだよな。


 人見知りさえなくなれば、ゲームのことわからなくても2人の話に入れたのになあ。




 2人の会話を延々と聞きながら、ゲームをやっていなかったこと、そして人見知りであることを後悔する私なのであった。








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