えぐい睡眠値
Z先生について一つ気になることがあった。
それは彼が授業中にうとうとすることである。
ほとんど毎回と言っていいほど、Z先生は私が問題を解いている間に、真横で目を閉じているのだ。私が問題を解き終わって「終わりました」というまで、彼が目を開けようとしないのもよくあることだった。
きっとこの先生は睡眠不足なんだろうな。
毎回私はそう思って彼が眠気に襲われていることを許していた。
そんなある日、またいつもの様にZ先生が眠りかけていたので私はにZ先生を呼び起こしてなぜ睡眠不足なのかを探ってみることにした。
「終わりました、先生」
「・・・ん、終わった?」
目をぱちっと開け、おうむ返しをしてくるZ先生。
「はい」
私が返事をするとZ先生は手を組み、一気に伸びをした。
「・・・ふう〜っ」
「先生」
「ん?」
伸びをする手を止め、私の方に向き直るZ先生。
「先生は普段何時に寝てるんですか?」
「俺?」
「はい」
「2時くらい?かなあ」
「え!?2、2時?」
私にとってはあり得ない数字だった。それもそのはず。
なぜなら当時中学生の私は8時に寝ないと気が済まないタイプで、遅くとも9時には布団に入っていたからである。中学の友達で確かに10時、11時、12時あたりに寝るという子はいたが、当時の私からしたら2時はあり得ない数値だった。
「でも遅くとも12時とか1時には寝てるかなあ」
9時には寝ていた私からすれば、そんな遅すぎる時間まで起きているZ先生の思考回路が全く理解できなかった。
「遅すぎじゃないですか、先生?」
「そうかなあ。俺、これが普通だと思ってた」
「いや、流石にそれは遅すぎです。体にも良くないですよ」
「え〜。でも俺さあ今みたいに眠いって思っても夜になると眠気がなくなるんだよね。
昨日なんてエナジードリンク飲んだら目がぱちってなっちゃって全く眠れなくなった」
「それは当たり前ですよ、先生!それは眠くならない訳ですよ!そんな遅くまで何やってるんですか?」
「え?友達と遊びに行ったり・・・」
「え!?そんな時間にお友達と遊びに行くんですか?」
「うん」
深夜に友達と遊びに行く。これもまた当時の私からすればあり得ない発言だった。
「昨日だって1時くらいまでずっと友達と遊んだりドライブしてた」
「やば」
「あと、家帰ってからずっとYouTubeみてた」
「YouTubeみたい気持ちはよくわかりますけど」
「でしょ?わかるっしょ?だから朝までYouTubeみるとかよくあるよ」
「でもいくらなんでも健康には全然悪いですよ!早く寝た方がいいですって!」
「いや、俺明日友達の誕生日だからサプライズしないといけないんだよ。俺の時もやってもらったし」
これが現代語でいうリア充というものか。最近、現代語を習得していた私はそう実感した。幸せ者だな、Z先生は。
「え、何時に寝るの?逆に」
今度はZ先生から聞かれた。
「遅くとも9時くらいには寝ています」
「えっっぐっっ!」
「え?これ普通じゃないですか?」
「いや、それはいくらなんでもえぐいって」
「9時には家の明かり全部消えますから」
「それはえぐい」
当時の私には「えぐい」の意味すらわからなかった。過去に何度か「えぐい」を使われたことがあったが、この機会にZ先生に聞いてみることにした。
「先生、えぐいってなんですか?」
「え!?えぐいも知らないの?」
「はい」
「・・・やっば!一回は絶対聞いたことあるって」
「いや、えぐいは先生から初めて聞きました」
「まじかあ」
「で、えぐいってなんですか?」
「えっとねえ、えぐいっていうのはやばいとか異常に何かがすごいってこと」
「あ、そういうことですか」
「うん」
「先生の睡眠時間えぐいですね」
早速、教わったばかりの「えぐい」を使ってみる。初めて使った「えぐい」はなんだかとても新鮮だったのを今でも良く覚えている。一度教わった言葉はすぐに使おうとするのが私だった。
「お、使えてるじゃん。ってお姉さんの睡眠時間もだいぶえぐいと思うけどな。ちなみに何時に起きてるの?」
「学校早いので朝5時には起きて支度をしています」
「やっっっば!俺だったらその時間、下手したら寝る時間だよ!」
「いや、それは先生がおかしいんですって」
「9時間も寝てるの?えぐっ」
「さっきからえっぐとかやっばとは連呼しすぎです!」
「だって本当にえぐいじゃん」
「そういう先生は何時に起きているんですか」
「え?俺?俺はねえ・・・12時くらい」
「っっっっっっっっっっっっっっっ!?」
明らかな異常値だった。
「でも授業がある日は9時とか10時に起きてるよ」
実は彼、一応大学生だったのだ。まだ大学生なのに塾講師として働いていた彼。きっと経済的余裕がなかったんだろうな。
「その時間、私学校にとっくに行ってますよ。ただでさえ、7時くらいに学校に着くとかよくあることですもん」
「えぐっ」
「普通じゃないですか_」
「いや、いくらなんでもそれは流石にえぐいわ。だって俺そんな時間に学校行ったことないもん、学校近かったし。学校遠いんだっけ?」
「はい、遠いです。30分くらいはかかります」
「そりゃ遠いわ。でも遠いのに9時間も睡眠時間取れてるんでしょ。まじでやばいわ」
「いや、先生の方こそかなりやばい思いますよ」
「いや、あなたの方がやばい。大人からしたら1時に寝るとか普通にあるから。絶対そういう時代くるからね!いくらお姉さんでも。絶対俺の気持ちわかる様になるよ」
「でも子供の私からしたら先生の睡眠時間は本当にやばいです」
お互いに睡眠時間が「やばい」ことを言い合いしていた。実はZ先生の予言がこの後、見事に的中することになるのだが、当時の私はそんなことなんて知る由もなかった。
「結局二人ともえぐいってことで」
「ね、そうだね。俺たちだいぶえぐいね」
そう言って二人で顔を見合わせて笑った。
この後も何度もZ先生がうとうとしていて、私はそのことを毎回いじっていた。
もちろん、当時は他の生徒がいない時、に限ってだったが。
そしてまた一つ、「えぐい」という単語をZ先生から習得した私であったのだ。
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