いじる先生といじられる生徒

 Z先生の授業の数が増えるにつれてZ先生はだんだん私のことをいじってくる様になった。元々彼はかなりのドMで塾にいる間、生徒講師問わずいろんな人にいじられているZ先生を目撃してきた。きっとどこかで自分も誰かをいじりたいという気持ちが潜んでいたのだろう。当時の私はあまりにも大人しい人間だったのできっと彼にとってはある意味いじるのには都合が良かったのかもしれない。


 ある春季講習の授業中のことだ。いつもの様にZ先生は私に問題解説をしてくれていた。

 実は言い忘れていたが私は物事を理解した時には声に出して毎回「はい」と言ってしまう癖があった。「はい」といわれた側の人からすれば、最初はありがたいかもしれないが、いちいち「はい」「はい」と言われるとやかましいと思ってしまうだろう。Z先生はそう思っていたのかわからない。

 単に面白がってあんなことをしたのかは聞いたことがないので今でも不明なままだ。彼はかなり単純な人間なので単にふざけてやったということを信じたいが、彼も私が「はい」、と返事をすると「はい」と返してくる様になったのだ。たまに「はい」と返したら「はい」と答える人もいるが、彼の場合は少し変わっていた。


 例えばこんな風に。


「えーっと2(4X+6)。これを展開しなさい。展開っていうのはかっこから数をはずしてあげるってことね」

「はい」

「で、展開の仕方なんだけど」

「はい」

「分配法則って覚えているかな」

「はい、多分」

「多分かあ、それじゃあ困るなあ。」

「困りますか?」

「うん、ものすごく困る」

「そうですか」

「じゃあ一応説明するね」

「はい」

「えーっと分配するってことはつまり」

「はい」

「かっこの外の数字と中の数字を掛け合わせてあげるってこと」

「・・・はい」

「意味わかる?」

「はい」

「だからつまりー」

「はい」

「この問題の場合はー」

「はい」

「2と4X、」

「はい」

「2と6をそれぞれかけてあげる」

「はい」

「だから計算をすると」

「はい」

「答えは8X+12」

「はい」

「・・・で、あってるかな・・・うん、あってるね」

「はい」

「そんな感じで展開は解く」

「はい」

「おけい?」

「はい」

「はい」

急に私の「はい」を真似してきた先生。

続けて私の声色を真似て、

「はい」

と言い出した。


 最初はZ先生も私と同じで確認の「はい」というのかと思っていたがこの時の「はい」はどう考えても私のことをいじっていた。


「・・・私の真似ですか?」

 念の為一応確認してみるとZ先生は声をたてて笑った。

 ほら、先生笑ってる。絶対わざとやったね、先生。

 心のなかでそういう私。

「先生、馬鹿にしてます?私のこと」

 そういうとZ先生はまたくしゃっと笑った。

「うん、馬鹿にしてる」

 まさかの一撃を返された。

「っっっっっっっって先生!馬鹿にしてるって言っちゃうんですね!」

「うん、俺そういうことすぐに言っちゃうんだよね」

「馬鹿にしないでくれませんか?先生。私が大人しいからといって。流石に私もキレますよ」

「え、キレるとこ見てみたい」

 そう言ってまたZ先生は声をたてて笑い出した。いつもはドMの先生だったがこの時ばかりはドSへと化してした。

 もし他の人に自分の真似をされたり馬鹿にされたりしたら私は許せないだろう。元々馬鹿にされることは大嫌いだった。こんな繊細な人間にもプライドというものはる。 


 でもなぜかZ先生にだけは馬鹿にされても全然平気だった。むしろZ先生と話す機会が増えるので嬉しいくらいだった。こう書くと私がドMであるという誤解を招きかねないので一応ここで言っておく。私だって人をいじることはある。だから決してドMではない。でもいじられて嬉しいという感情はある信頼できる人一定ではあるが抱くので、私はやはり変人なのかもしれない。


 しばらくは必要以上に「はい」という癖は抜けなかった。必死で直そうとしても、つい話している人に「聞いていますよ」という感情を伝えたくて「はい」と言ってしまうのだ。それでもここ二年間で「はい」という回数は間違いなく減った。それは自信を持って言える。


「これはー。えーっと、これは展開ミスだね。ここXつくはずなのにつけ忘れてる」

「あ、本当ですね。忘れてました」

「だからミスさえなくなればここは完璧かな。だから答えは3X-16」

「はい」

「はい」

「はい」

「はい」

「はい」

「はい」

「・・・」

「・・・」

「・・・はい」

「はい」

「・・・絶対また真似してますよね」


はいはい合戦にまで発展して「はい」ということの発端を掘った私を困らせることも多々あった。そしてその度に毎回二人で声をたてて笑っていた。


 この「はい」の癖をいじられる以外にも自分の声色を真似されたり行動を真似されたりする様になる。その度に私がZ先生に起こった素振りを見せ、Z先生は声をたてて笑ってくれた。


 ある時、母親に塾での様子を聞かれたのでZ先生に最近、自分の真似をされるのだと答えたことがある。すると母はおかしそうに笑いながらこう答えたのだ。


「Z先生にとっちゃはなこは妹みたいなんだよ。きっと若いくらいの男の子はどんな女子でもついいじっちゃうからね。Z先生も可愛いわねえ、はなこの真似をするなんて」


 ・・・Z先生のことだから私のことを妹みたいに思うなんてあり得ない話だろう。

 Z先生は私が当時あまりにも大人しかったからついでにいじってみただけ。

 まあきっとそうだろう。

 

 きっとこの後にもいじられるエピソードをたくさん書くことだろう。

 ドMか、この著者は。と思ってしまうかもしれないが、読者の皆さんには、著者が塾講師のことが大好きな女子学生だという前提で生暖かい目で読んでほしい。

 

 何度書いても言い足りないが私はZ先生と喋れる時間が、Z先生に会えなくなるまでは一番幸せだった。




 

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