Ⅵ 龍殺しの槍(2)

 それより数瞬前のこと。改造ドラッカーで造られたドラゴンの腹の中では……。


「――どういうことだ? 向かわせた水死体どもがまるで動かなくなってるぞ!? いったいどうなってやがる、ブネ!? ビャルネンもまだ取りついた敵を仕留められねえのか!?」


 龍公ブネの力で船首の赤く光るドラゴンの眼と視界を繋ぎ、外の様子を覗っていたアスビョウドが苛立たしげに声を荒げていた。


「フルカスノ仕業ダ。向コウノ魔術師ガフルカスヲケシカケ、コチラノ水死体ノ支配ヲ邪魔シテイル。ヤツノ場合、ヤツノ大鎌デ首ヲ刈ラレタ者以外ニ力ハ及バンノデ、コノ船ヲ動カス水死体ニ問題ハナイカラ安心シロ」


 アスビョルドの問いに、彼の立つ〝ソロモン王の魔法円〟の前方に描かれた深緑の円を内包する三角形には、スモールサイズになった龍公ブネが浮かびあがり、まるで他人事のようにそう説明をする。


「安心しろって……それじゃあ乗り込んで攻める兵がいねえじゃねえか!? ……まあいい。そんな小細工使わなくても、このドラゴンで一気に沈めてやる。あんな骨董品のような船、こいつにかかれば赤子の手を捻るようなもんだからな……今度こそ炎の息吹で燃え上がらせて、竜の爪で引き裂いてやる……」


 ブネのその報告に、一瞬、唖然とするアスビョルドだったが、自分の造り出した〝ドラゴン〟に絶対の自信を持っている彼は、すぐに考えを改めると作戦を変え、一気に攻勢に出ようとする。


 ……が、その時のこと。


 不意に頭上で大砲を食らったような轟音が響き、彼は咄嗟に上を見上げる。


「あん? …んくっ……!」


 とその瞬間、アスビョルドが認識するよりも早く、超高速で飛び込んで来たドリルのように回転するフラガラッハは、彼の心臓を貫いて魔法円の描かれた床の上へと突き刺さる。


「ナント! 術者ガ命ヲ落トシタカ……ナラバ、我ノ契約モコレマデ。我モ潔ク去ルトシヨウ……」


 無論、即死して前方へ倒れ伏すアスビョルドを見ると、召喚した術者を失った悪魔ブネも、やはり他人事のような言葉を口に、なんのこだわりもなく、さっさとその場から煙のように消え失せてしまう。


 すると、それまで〝ドラゴン〟に見えていたそれは改造ドラッカーへと姿を変え、それを動かしていた水死体達もその動きを完全に停止させた――。




「――見ろ! ドラゴンの動きが止まったぞ! 団長がアスビョルドを仕留めたんだ!」


 その頃、外部では、突然、動きの止まったドラゴンに驚くとともに、その意味を知ってアウグスト達が色めき立っていた。


 それまで勢いよく振り下ろされていた鋭い爪を持つ前肢は、その動きを止めてだらりと海面へ垂れ下がり、鰭のある脚から戻った幾本ものオールも、完全に停止して船自体も動かなくなっている。


「……やったのか? 俺達、シーサーペントに勝ったのか?」


「ああ、そうだ! やったぞ! 俺達はドラゴンを倒したんだ!」


 その死体のようになった改造ドラッカーを目にし、半信半疑ながらも船乗り達は歓喜の声をぽつぽつと上げ始める。


「旦那がドラゴンの心臓を貫いたんだな? よーし! ならダメ押しだ! 〝竜殺し〟の最期は、やっぱこうしねえとしまらねえからな!」


 だが、そうして皆が勝利の空気に包まれる中、ティヴィアスだけは戦士の顔を保ったまま、なぜか船尾の方へ向けて走り出す。


「きゃっ! な、なんですか?」


「ハハハ、なに、最期の仕上げですよ……うぉりああああーっ…!」


 そして、メデイアのいるマストの前まで行くと驚く彼女にニヤリと笑顔を見せ、反転すると再び船首の方むけて全速力で走り出した。


「シーサーペントめ! 思い知りやがれえぇぇぇーっ!」


 そして、勢いよく船縁を蹴ると、その強靭な脚力で天高く飛び上がり、改造ドラッガーの船首に施されたドラゴンの木彫りへ手にした戦斧を思いっきり振り下ろした。


 ティヴィアスの体重も乗せられたその一撃は、ドラゴンの首をやすやすとへし折り、斬り飛ばされた首は彼らの船の甲板へと転がり落ちる。


「……ぷはあっ! ……我らヴィッキンガーの末裔、ドラゴンの首、見事討ち取ったぞぉぉぉーっ!」


「オォォォーっ!」


 そのまま海に落ちるも戦斧を高々と掲げて宣言するティヴィアスの言葉に、彼らのドラッカーの上にはよりいっそうの歓声が響き渡った。

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