Ⅴ 竜同士の戦い (3)

「ガハハハハ! 貴様ラノ素首、残ラズ斬リ落トシテクレヨウゾ!」


 魔法円の三角形を馬で飛び出したフルカスは、高笑いを響かせながら甲板を駆け抜け、馬上から大鎌を振るって次々と水死体の首を刈ってゆく……無論、その鎌もフルカス本体同様霊体のため、実際に水死体の首が斬り飛ばされることはなかったが、斬られた水死体は目に見えて変化を起こし始めた。


「……い、今、なんか通り抜けたような………あ、おい! 水死体の様子がおかしいぞ!」


「……いったいどうしたんだ? 動きも鈍くなったし、襲ってくることもなくなった……」


 フルカスに首を刈られた水死体達は、まるでその鎌でブネの取り付けた操り糸を切られたかのように、各々統一性のないデタラメな動きをし始めて、船乗りに向かって行くこともなく混乱をきたしている様子だ。


「メデイアがやってくれたようだの……よっこらせっと……フゥ…これでなんとか、水死体の脅威は取り除けたようだ……」


 アウグストも自身に取り憑いていた死体を海に投げ落とすと、肩に剣を担いで安堵の溜息を吐いている。


「……これでよしと。でも、裸踊りはさすがにやだな……フルカス! 海の中にいる水死体もお願いしまーす! お礼にブネを操ってる者も奴隷にしてかまいませんからあーっ!」


 そんな甲板上の様子を見て、まんまと悪魔を口車に乗せたメデイアは、後のためにそんな条件を勝手に追加してフルカスをさらに使役する。


「ナニ!? ソレハ真カ!? ヨシ! 承知シタ! ガハハハハハ…」


 その御褒美に、甲板上を暴れ回っていたフルカスは嬉々とした声をあげ、今度は馬ごと海の中へ大鎌を振り上げ飛び込んでいった――。




 さて、後方でそんな戦いが繰り広げられている間も、ティヴィアスはずっとドラゴンの攻撃を一人で防いでいた。


「……うくっ……おりゃあっ! ……うわ熱っ…!」


 振り下ろされる巨大な竜の爪を盾で受け止め、あるいは戦斧を振るって逆に斬り払いにいくティヴィアスだが、時にドラゴンはまたしても炎の息吹を吐き出し、焼かれそうになった彼は慌てて後方へ跳び退く。


「クソ! これではやりづらくてかなわん! ちょっと待ってろっ!」


 毎度、炎に邪魔されて業を煮やしたティヴィアスは、一計を案じた。


 船の位置的にドラゴンの爪も火炎も受けにくい角度になった隙を突き、近くに転がっていた樽を拾って船縁へ駆け寄り、海水を汲み上げると一気にそれを頭からかぶる。また、もう一度組んで今度はラウンドシールドにも満遍なくかけて濡らした。


「さあ、仕切り直して、もう一戦といこうじゃねえか!」


 そして、再び巨大な黒竜の首へとティヴィアスは向かってゆく。


 ウゥゥゥゥゥ…。


「……とりゃあっ! ……フン! ……ガハハハ! どうだ! もう丸焼きにされる心配もないぞ!」


 鎌首を上げたドラゴンは赤い眼をギラギラと光らせ、またも口から炎を吐きかけてくるが、よく湿った円形の木製盾を頭上に掲げると、その陰に身を隠して炎をやり過ごす。水死体同様に水の滴るその体も火炎対策に一役買っているようだ。


「…熱ちち……だが、熱いのは変わらんな……ハーソンの旦那、早くしてくれねえと、さすがにこっちも持ちませんぜ……」


 しかし、いくら水をかぶったところでさすがに火を完全に防げるわけではない。チンチンに熱せられた戦斧の柄の温度に、ティヴィアスは太い眉をしかめると、竜の背の上で闘うハーソンの方を眺めた――。

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