第12話

手の中にある紙の束を邪神の前でひらひらとさせながら、カデフェイルはおもむろに口を開く。


「これを読む前に一つ確認したいことがある。お前、総主教の聖女を知っているか?」

「総主教ぉー?」


随分と嫌そうに顔を歪めて、邪神ははっと吐き捨てる。


「あんのオバサンのところの小娘がなんだってのよ」

「いや、お前、態度悪すぎだから…さすがの俺もドン引く勢いだから…そこの聖女が俺の子を孕んだって言ってんだけど、心当たりあるか?」

「ええ? 小娘が、なんですって?」

「殿下と同じく俺の子供ができたって…」

「え―――…子供?」


一瞬、静寂に包まれた。

だが、その次の瞬間、耳が割れるほどの大爆笑が響き渡ったのだ。


「あっはっはっは―――、なに、あのオバサンも同類じゃないのよ。こんなところにアタシを括り付けてるくせに!!!」

「うっさい…」

「だって…ああ、おかしい! とっかえひっかえ男神と遊んでたこと怒ってたくせに、結局アタシがうらやましかったってことでしょう?」

「俺が知るか、つまりどういうことだ」

「だーかーらー、欲情しちゃったってこと―――っぶ」

「してないですわよっ」


ぶんっと空気を切り裂きカデフェイルの後ろから何かが耳の横を掠めていった。

そのまま邪神の顔にばこんと音を立ててぶつかる。


本だ。


止まったからこそ、何が投げつけられたのかがわかった。だが騎士をしていた自分が何かわからないほどの速さが出せるなど、一体何をしたのだろう。

茶色の革表紙が邪神の顔に張り付いていた。だが、そのままずるずると落ちて、ぱさりと地面に転がった。

あれ、もしかしてカデフェイルが昔に書いた本ではないだろうか?


「してないですからね、よ、欲情だなんて、破廉恥なっ。イェリナ、貴女と一緒にしないでくれますっ?!」


真っ赤になりながらずんずんとカデフェイルに迫ってくる。

絹でできたさらりとした格好は木に縛られている邪神と同じだ。

というか、金色の巻き毛も虹色の不思議な瞳の色も妖艶な姿も邪神と同じ姿をしている。違うのは額にはまっている額飾りの宝石の色くらいだ。

彼女は翠色で、邪心は濁った青色だった。


「なにすんのよ、身動きできない可哀想なアタシをこれ以上いたぶるだなんて、どれだけ性悪だったら気がすむのよ?!」

「貴女がないことないこと吹聴するからでしょう? 私は決してそのような恥ずかしい行いはしていませんわ」

「あーら、オバサン。いつもアタシが彼との逢瀬を楽しんでるのを影でこっそりのぞいていたくせに。このス・キ・モ・ノ! 興奮して収まらないからってアタシのハニーの子種を盗むだなんて破廉恥な!!」

「いや、俺はお前のハニーじゃないから。それに子種を盗んだのはお前だから…」


よく自分の悪行を棚に上げて、人のことを詰れるものだ。

いっそ感心するほどの清々しさだ。


「違います! 私はただ貴方の話を聞いていただけです。こ、こ…を盗むなんてそんな慎みのないことなど決してしておりません」

「って言ってるが、つまり聖女の子は俺の子供じゃないってことだろ?」


それが分かればいいのだ。

それだけで今回頑張った苦労が報われる。

彼女がどこの誰かということは聞かないので、それだけ頷いて欲しい。


カデフェイルは祈る気持ちで現れた美女を見つめた。


「———ひ、あ、あの、それなんですけど…それは貴方の子で間違いはないかと…」

「は?」

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