第1話
少し近くないか、と彼女は問うた。それに青年は口角を上げて答える。当然の権利の主張であり、自分にはこの距離すら遠いのだと。そのまま、そっと唇が重なった。
震える女の吐息を飲み込む、貪るような口づけだ。彼女は悲鳴も拒絶も上げられない。
青年の手は服の上から女の胸を揉み込んだ。柔らかな肉は男の手の中で、形を変える。思いのままに自由に堪能して、口を離した。
女は泣きながら、行為をやめるように懇願した。なぜなら彼女は青年と血のつながった実の妹なのだから。
だが、青年は同じ容姿をした女を見つめて、無情にも服をはぎ取っていく。
『やめてください、お兄様…これ以上は罪になります。きっと神様もお許しになられないわ…』
「ああ、素晴らしいわ。感じ入っちゃう」
巨木の根本で蔦に体を縛り付けられた女が柔らかな布を揺らして悶える。金色の巻き毛がそれに合わせて揺れ、虹色の虹彩には艶が浮かぶ。並外れて美しい女だ。白磁のような肌はきめ細かく、どこまでも滑らかで。
十分に煽情的でそそられる姿だが、本を読み上げていた黒髪の男は冷ややかに女を見つめた。
「で、満足したのか?」
「満足したというか、より欲求不満になったというか。ねえ、そろそろアタシに手を出したくならない?」
「なるわけないだろうが、この痴女が」
侮蔑を込めて金緑色の瞳を細めて睨み上げれば、女はさらに愉悦に悶える。手に負えない状態だ。
「もういつも素直じゃないわね。でもアナタがアタシにしたいことはわかってるのよ、ほら服の上からこの豊満な肢体を撫で回したいんでしょう?」
女は蔦に絡まって強調された胸を突きだすように腰をくねらせる。
「それはお前がやりたいことだろうが!」
女が囚われている巨木は樹齢何千年以上も経ちそうな年期の入ったものだ。その巨木の周囲には苔むした岩が立ち並ぶ神秘的な場所だ。そもそも、男が立っている石畳は巨木につながる道のようなものだ。全ての中心はこの巨木であり、ひいてはこの変態女のためでもある。
石畳を外れた両左右は短い草が生えており小さな花が揺れる。幻想的な光景と言ってもいい。だというのに、女の頭の中はエロいことでいっぱいだ。
むしろ、だからこそ女はここで巨木に蔦で縛られているのだが。
女はかつて女神だった。だが天界での奔放すぎる性生活に、創造神の怒りをかったらしい。
今は邪神として囚われている。創造神によってこの天空にあるという巨木に縛られてお仕置きされているところなのだ。
ずっとそのまま放置されている。
変態女神に放置プレイとは、なんのご褒美か。最初は喜んでいた女もそのうち飽きた。すでにその状態で数百年は経過していたとのことなので、よくもまあ耐えたと呆れるほどではあるが。
神力を使って下界を色々と見て回っていたところ、なぜか遊び相手に自分が選ばれてしまった。
邪神らしくご丁寧に呪いつきで。
結果的に男———カデフェイルは女を抱けなくなってしまった。女を前にしても全く反応しないのだ、主に自分の息子が。別に性欲は強くないし恋人もいないので、それほど不自由はない。
なぜか自慰はできるという優しさもある。
呪いを解くためには、女を満足させるまでエロ本を朗読しなければならないらしい。
しかも自作のエロ小説だ。これが思いのほか、恥ずかしい。
そもそもエロ小説は読むのは好きだが、自分で書くとなると意外に脳みそを使う。禿げそうになりながら、血反吐を吐く思いでかき上げ、のたうち回りながら作り上げたものだ。できるならば、二度と自分の目には触れたくない。
それを人前で読み上げなければならないとは。
これが呪い以上に苦痛なのだ。
まったくエロい気持ちにもならない。
できれば今すぐこの神から解放されたい。
だが悲しいかな強制的に、時折呼ばれてはエロ本を読み上げさせられているわけだ。
つまり女神専用の読書係である。
「うふん、アタシは誤魔化されないんだから。だってアナタも十分に変態でしょう? こんなにいやらしい本の作者なんだから」
「金のためにやってんだ、生きていくためには必要なんだよ」
カデフェイルは苦々しげに吐き捨てた。
もう何度も女には説明している。もともと騎士をしていたが、とある事情で国を追われた。結果、遠く離れた場所で作家活動をしている。剣で生計をたてたくても、身分を保証するものがなかった。用心棒なことをしていたが、日銭を稼ぐのが精一杯だ。体力仕事もしたが、どうにも人の下で働くことができなかった。流れ着いた先が作家という仕事だったのだ。
だが、普通の純愛などは性格的にとても書けない。必然的にエロい方向に走ると、爆当たりした。今では人気作家として騒がれるほどにもなっている。
どうやらそこに目をつけたこの元女神の疫病神に有無を言わさずに呼び出された。
神の力をそんなことに使うのもどうかと思うが、女のエロに対するモチベーションは異常だ。それで天界を追い出されてこんなことになっているのだから、推して知るべしではある。
下界から強制的にこの天空にあるという巨木に呼び出されているのだ。
「アナタの理想とする母のような姉のような妹のような弟のような子供のよう熟女のようなメイドのような教師のような芸術家のようなお金持ちの我儘ご令嬢のような優しい村娘のような女はいないわよ?」
「当たり前だ、いてたまるか」
そもそも自分のこれまで書いた物語の登場人物をすべて列挙しただけだ。そんなものを併せ持った一人の人間がいるわけもなく、理想と言ったこともない。大衆小説なぞ周りに受ければそれでいいのだ。自分の趣味嗜好は二の次だ。
「でもでも隠してたからこそわかっちゃったのよね~、絶対に出てこない相手がいるんだもの」
「突然何の話か知らんが、とにかく、もう満足しただろ。俺は忙しいんだ、家に戻してくれ」
「ええー、もうそればっかり。新作かき上げたからしばらくは時間あるでしょう?」
「ちっ、編集並みにうるせえな。たまにはゆっくりした時間を送らせろ。俺にだって自由な時間があってもいいだろうが」
編集者の取り立てのような圧力に耐えながら本をかき上げ、ゆっくり休みを満喫しようとした矢先に新作を読みあげに来いと無理やり拉致されているのだ。
たまにはのんびりと部屋でごろごろしたい。
「どうせ部屋に戻っても寝るだけでしょ。恋人もいないくせに。だから、優しいアタシが用意してあげたわよ」
「は、どういうことだ?」
恐ろしく嫌な予感しかしない。
この頭のおかしい女は何を言い出すつもりなのか。
「だから、家族のいない一人暮らしのアナタに家族を用意してあげたのよ。ほら、家に帰って家事をするのも大変でしょ。それに誰かと一緒にいたほうが仕事もはかどるでしょう? 現実に理想的な女がいれば妄想を掻き立てられること間違いなしじゃない。もう少ししたら、アナタの子供が産まれるわよ」
「は?」
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