第七節 エンディング

仰げば尊し。


講堂内では今まさにその曲が流れている。


なんて清いイメージの歌なのだろう。澪は目を閉じて降りてくる神聖な光のようなものを感じた。

草間元・部長と来栖先輩の卒業式がとり行われている。

こうして学校は新陳代謝のように学生が入れ替わる。


澪も四月になれば高校三年生だ。この咲が丘高校普通科、美術部副部長の戸川澪。


美術部三年生は数が少ない。草間・来栖の両先輩以外は幽霊部員も含め、数名しかいない。

清川先生が厳しいのと、才能で振り分けられていく超スパルタ気質の部だからだ。


めでたく部長になった美術科美術部部員の田代はその体制を変えたかったらしく、新たな新入生歓迎への作戦をしきりと澪と話し合っている。


澪の入部騒ぎの原因となった田代だったが、部長として付き合ってみるとすごく親しみやすかった。

気の弱い澪が突っ込みに回れるくらい、田代は愉快な存在だった。

清川先生のことを「きよピー」と呼ぶのを皆に伝染させたのも田代だ。それまでは草間部長の手前、遠慮していたらしい。そして、それは清川先生のただ怖いというイメージを少し払拭しつつあった。


そんな田代が卒業式のため登校した澪を見つけて言った。


「戸川、お前、草間部長と来栖先輩どっちが好きなわけ?」

「はぁー?」


澪にはまさに青天の霹靂で呆れるしかなかった。

草間部長は憧れがあったものの、来栖先輩に関しては考えたこともない事案だったからだ。

田代にそう言うと、逆に呆れ顔をされた。


「お前、来栖先輩に対してそれはないべ。散々、助けてくれたのに」

「え?」


澪は腑抜けたように返答するしかない。田代は澪の様子に「あー誰も報われねー」と嘆いた。

澪は釈然としないまま、「人生そんなもんよ」と田代の背中をバシンと叩いた。


二人の先輩はこの高校から無事、巣立っていくのだ。

その行く手にはこの高校生活以上の長くて波瀾万丈な出来事が待っているだろう。


仰げば尊し先輩の恩。


澪は卒業式でそう強く思った。ありがとうございました、という感謝の念でいっぱいだ。


そして、次の新入生はどんな表現をする子が来るのだろうか、楽しみに待っている。

清川先生は厳しくても、あの美術部の部室は、傷を負った私を受け入れてくれた大切な場所だから。

そして、厳しい清川先生もどんな下手な絵でもちゃんと努力は見てくれるから。


描きたい、一瞬の世界を。

まばたくごとに変わる万華鏡のような世界を。


澪は卒業式が終わった後、まっすぐに部室に向かった。

そして、一瞬をつかまえるようにキャンバスに線を引く。

またたきをとどめて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る