第四章 コンテスト

第一節 コンペ開催

清川先生と草間部長が並んで黒板をバックに教壇に立った。

美術部員たちは二人の言葉を待つように、しんと静まり返った。


先に口を開いたのは草間部長だった。


「えーと、清川先生から美術部全員に話があります」


清川先生は草間部長から一歩、前に出るとサングラス越しからでも感じる厳しい視線を全体へ投げた。


「コンテスト応募のためのコンペを開催する。全員、参加すること

 部活内で一番良かった作品をコンテストには出す」


美術部全体に緊張感が走る。選ばれるのは一人だけ。

この咲が丘高校美術部は幽霊部員も含めてだが、ざっと五十人はいる。

部員のほとんどが美術科生で澪や有華にとっては強敵だ。


コンペ……。

有華には以前から聞いていたけれど、これがあのコンペ……。


部内に走った緊張の糸が見えるかのように張り詰めている。

あの居心地の良い、いつもの美術部ではない。

有華が以前言っていた通り、コンペは皆がライバルになる。

そんなピンとした空気が部活内に走っている。


澪は名だたる美術部部員と競える実力があるのだろうか、と不安になった。

才能を見出されたかといって、部員になって二週間の澪には無理な話だ。

まして、清川先生はあのスケッチブックを見てから、コンペ開催の宣言をしたのだ。もし、前々から考えていたことだったとしても自然と澪にプレッシャーがかかった。もし、清川先生に期待されていたら……。結果が残せなかったら……。澪の気持ちは重たくなる一方だった。


清川先生は部員たちの動揺をさえぎるかのように宣言した。


「お題は、花。これから一ヶ月で仕上げること」


花か……。

澪はうなだれる。動体視力や瞬間記憶能力が生かせそうにない。

花は自力で動かないからだ。


草花をスケッチするのが好きな有華は得意分野だろう。草間部長も来栖先輩もお手の物だ。

人物画を描くのが好きなサーシャの顔には失望がみえる。


澪は正直、どうしようと困惑する気持ちでいっぱいだった。


「戸川、油彩使っていいから」


うつむく澪に突然、清川先生はそう声をかけた。


油絵!

油彩画に取りかかってもいいんだ!


清川先生に声をかけられたことで、何人かの部員から刺されるような視線を感じたが、今の澪は「油絵具」が使える喜びでいっぱいだった。美術部に正式入部してから、ずっと憧れていたのだ。


お題は「花」。

みずから動くことはないもの。

澪にとって得意分野とは言えない。


花をどう美しく描くか。どう表現するか。


コンペに向け、澪の手探りの試練が始まった。

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