第八節 清川先生

助けてもらった一件もあり、草間部長に一方的に憧れをもつ澪だった。

しかし、それだけではなく、積極的に草間部長の技を盗もうと部長の絵を見た。


部長は美術科の三年生。かたや澪は絵筆を握ったばかりの普通科二年生である。

その差は歴然としていた。

草間部長は生き物を描くのが上手い。

というか、有機物しか描いていない。


「生き物を描く理由?僕は自然が好きなんだ」


草間部長は爽やかに微笑む。そんな部長は取り巻きの女子たちも多い。

無理もないだろう。

爽やかだし、カッコいいし。

もう美大進学も推薦で決まるという噂も聞いた。


意外とあの恐ろしい清川先生は女子に人気があること。そして、そのカリスマ性で美術を志す男子の心も掴んでいることが澪にもわかり始めた。


澪が清川先生を「怖いこわい」と言うと、有華はふふっと不敵に笑った。


「そりゃ怖いけど、清川先生かっこいいし」


有華はあっさりと清川先生を評する。

あの年代物のグラサンの下のカッコよさは美術科では有名らしい。それでだいぶ容姿が変わることはもう少女漫画のようだ。


しかし澪は、清川先生の前では萎縮してしまう。

スケッチブックを一週間で埋めて恐る恐る提出しにいった時のことだ。


「遅い!何日待たせる気だ?あと描くモチーフ考えて!」


清川先生はページをさーっと見ると、

赤ペンで澪の描いた花瓶や机の上に赤バツを付けてゆく。

ほとんど怒りながらのヒステリックと言ってもいいような指導法だ。



「君はまず得意分野があるよね?わかってるの?

始めるのが遅いんだからまずはそれでページを埋めてくる!」


二冊目のスケッチブックをほとんど投げつけられるように渡されて澪はうなだれた。

有華に思わず泣きつく。


「それでも清川先生じきじきの指導だからありがたく思わなくちゃ」


有華からまたしてもあっけらかんとした答えが返ってきた。

そうか、女子テニス部の桜田先生もあんなヒスじゃなかったけど怖かった。運動部で頑張ってきたのだから、ここでも頑張ろう。澪は心を強く持とうと思った。


しかし、その後、二日で埋めたスケッチブックは床に叩きつけられる始末となった。

「全然わかってない!」


怒気の含まれた清川先生の言葉に澪は逃げるように教員室を飛び出してしまった。


イチから始めたというより、ゼロからいや、二年生も後半になって始めた自分はどうすればいいのだろう。


努力。

才能。

勇気。


少年漫画のような言葉を並べて、澪は自分の情けない性根を嘆いた。

それでも諦めるという選択肢はなかった。

何かを「絵を描く」という行為を通して掴みたかった。


慣れないカッターでの鉛筆削りも楽しい。

そして早く油彩画などを描きたい気持ちでいっぱいだった。


清川先生の厳しい態度に悩む日々に悪戦苦闘する澪だった。

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