第四節 有華と

「……有華!」


澪の声に有華はいつもの笑顔で振り返る。

可愛い笑顔に少し安心しながら澪は、言葉を探していた。

その迷いが透けてみえたのか、有華が自分の隣に手招きしてくれた。


有華が座る中庭の青いベンチに澪も腰を降ろした。


「有華、あの、有華は私に言いたいこと……ない?」

恐る恐る聞くと有華は真っ直ぐに澪を見た。


「あるよ。たーっくさん!」

「……やっぱり」


有華は中庭の草花をスケッチしていた。めちゃくちゃ上手とは言えないが、有華の世界観が現れたような絵。丹念に描かれた秋の植物。中庭に植えられたり勝手に生えたりしている萩やススキや撫子……。


「正直、有華はどう思ってる?私とび、美術部のこと」


秋も深まり、涼やかな風が吹いているというのに澪は冷や汗が湧きだしてくる。

視線は草花を見つめたままで、有華は鉛筆を動かす手を止めた。


「言えなかったけど、そりゃ、美術部に入ってほしいよ。

 他の部員たちみたいに嫉妬するわけじゃないけど、

 私は美術を愛する者として、才能のある人に絵を描いて欲しいと思うもん」


澪はやっぱり他の部員の人たちは私をよく思ってはいないのだな……と細かいところで傷つきながら有華の言葉に頷く。


「才能は使わなきゃ、意味ないよ。澪が少しでも絵が好きなら描いて欲しい。

 文句を言う他の部員も納得させるくらいの表現をして欲しいよ」


確かに。自分が強くなればいいことだ。

澪は思うが、あれからも同級生の美術部員が「あれ、まぐれだよね?」とか「部員でもないのに調子のんなよ」と廊下ですれ違いざま言われたりした。

その度に傷つき、結果あれから美術部に行く勇気は持てていない。


「澪が嫌なら、私は無理強いしないよ。だって、作品を発表したら、

キツいこと言われるのは当たり前だもん。それに耐えられないなら最初から辞めたほうがいいよ」


的確なアドバイスだ。有華はどこまでも賢い。そう澪は思った。

自分もテニス部でいる時は、いかにレギュラーに選ばれるかに苦心した。自分より上手い千夏に嫉妬を覚えなかったと言えば嘘になる。


芸術の世界、表現の世界は人それぞれ。

とはいっても、賞を取れるかどうか。それには才能、努力、そして妬みそねみに耐える精神力がいるのだ。


「まぁ、ゆっくり考えてみて」


有華はそう最後に言った。澪は邪魔しないよう、帰路につく。

帰り道、車窓から流れる風景をぼんやりと眺めていた。

開け放した窓から涼しい風が入ってくる。


澪の心はその秋風に揺れていた。

ただ、何かが変わる予感はしていた。

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