第三節 居場所喪失

再び居場所を失った澪は意気消沈してしまった。

有華も千夏も心配してくれたが、澪の心はなかなか晴れなかった。


あの、美術部の日が忘れられない。

周囲の驚きの入り混じった目。黙ってしまった清川先生と草間部長。

何度、記憶がよみがえっただろう。


これが、瞬間記憶能力というものなのだろうか。

いつも落ち込んだ時、嫌な場面が思い出されてウジウジしていたのは性格だけのせいではなかったのか。


澪は考え込んだ。しかし、テニス部を退部した時ほどは悩んでいない自覚があった。

言われるまま居心地が良いから、部員でもないのに美術部に出入りしていた自分が悪かったのだ。


しばらくは落ち込むけれど、自分の問題と割り切ることが出来た。

居場所なんて、家がないわけではあるまいし、自分で作ればいいのだ。

そう澪は前向きな方へ思考を変えていった。


街が灰色に見えることもない。

家に帰って一人でも落ち込むことはない。


だらだらとお菓子をかじっては再放送のドラマを見ていた。

一生懸命になれるものが見つからなくたって、生きているだけでいいんだ。


そうポジティブに考えた。


しかし、あの雀を描いたときの感覚は澪に幾度となく思い出された。

初めて真剣に絵を描いた。

雀の羽を、雀の脚を、つぶらな瞳を。

それはなんと楽しい瞬間だっただろう。


脳裏に焼き付いたものを紙に再現していく楽しさ。

懸命に生きて、動いている物を描く喜び。


それなのに何故、美術部に入らなかったとかと言えば、やはり清川先生の恐ろしさだろう。

あの絵に対する怖い目。それもだが、部員全員の態度が変わってしまうほどの影響力も澪には恐ろしかった。美術部に飾られた、才気あふれるあの赤と黒の迫力のある絵。その絵を描くのに相応しい清川先生。片腕を失ってなお、美術に生涯を傾けている先生。あの清川先生に応えられる自信が澪には無い。


有華もあれから何事もないように澪に接してくれているが、美術部に関する話題はしていない。有華が澪に言いたいことはあるだろう。あれだけ絵に情熱があるのだ。

いつもハッキリと物を言う有華が自分に気遣いしてくれる。

澪はそれをありがたく思いながらも、ちゃんと話すきっかけを作らなければならないなぁと思っていた。


あれから美術部の部室に行くこともなく、放課後に教室を後にした澪は廊下の窓から有華を見つけた。有華は中庭にいた。一人でスケッチをしている。


……今が、チャンスなのかな。


澪はそう思い、何を言えばいいのか用意もないまま有華の元へ向かった。

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