超掌編十本

あい

超掌編十本 緑の水槽、まつげ、墨汁の海、あわ粒、乾麺の蕎麦、パリパリチョコアイス、少し染みる、歯磨き粉、アイスコーヒー、インスタント焼きそば

超掌編十本 緑の水槽、まつげ、墨汁の海、あわ粒、乾麺の蕎麦、パリパリチョコアイス、少し染みる、歯磨き粉、アイスコーヒー、インスタント焼きそば



『緑の水槽』

水槽の中、水草が異様に育っていた。一見水槽に見えない。まるで緑色の箱だ。緑が濃すぎて中が見えない。魚がいたはずだ。二匹の可愛いメダカがいたはずだ。無事だろうか? 生きているだろうか? 明日、水を入れ替えよう。水槽をきれいに磨こう。もうこんなことがないように、精一杯、彼女を愛そう。




『まつげ』

まつげが印象的だった。動くたびに目の前の何かを掘削しているようだった。もう十年以上前の話だ。初めて会った彼女は必死に掘削していた。何かに向かって進んでいるのか? それとも、何かが押し寄せてくるのか? 二度目に会ったとき僕は彼女に尋ねた。「どっちなの?」「両方」「……明日も会おう」




『墨汁の海』

月明かりだけが頼りの夜、僕は墨汁の海へ飛び込んだ。海の底深く、誰も見たことない宝物を見つけたいと願った。しかし、墨汁の海。何も見えない海。水面に浮上し呼吸を整える。そして、月を見上げた。心から「誠実でありたい」と思った。海の中は月明かりが届かない。だからこそ、だからこそ、思った。




『あわ粒』

とんでもない愚かさや重い障害を目にしたとき、心が疼く。底からあわ粒のようなものが湧き上がり、疼く。どんな遺伝子が巡り巡って社会を支えているのか、支えていくのか、神ならぬ僕には全くわからないのに、疼く。そして誰かの声が聞こえる。「あわ粒をえぐり出し、さらせ!」卑怯な僕は頭を垂れる。




『乾麺の蕎麦』

乾麺の蕎麦、旨い。なんて旨いんだ。今まで何でもっと乾麺の蕎麦を食べてこなかったんだ。後悔。後悔。後悔! 今日から俺は乾麺の蕎麦しか食べない。筋トレしてプロテインが吞みたくなってもプロテインシェイクは飲まず、乾麺の蕎麦を砕いてシェイクして飲む! 病で点滴限定になったら茹でずに刺す!




『パリパリチョコアイス』

バニラアイスの中にチョコが入っている。僕はかぶりつく。噛み、咀嚼する。パリパリとチョコが砕ける音がする。バニラが溶けてチョコが溶けて、僕は至福の時間に酔いしれる。この幸福感を僕はコピペしたい。人生の全ての時間にコピペしたい。幸福感で人生を塗りつぶしたい。幸福感で真実を溶かしたい。




『少し染みる』

「先に言ってもらえると嬉しいです」明るい声で言われた。作りすぎない笑顔で、自然な流れの中だった。その巧みさに僕は反発を覚える。あなたの喜びのために生きているわけではない。そう何度も考える。心がただれていく。「ともに生きたいとは思ってる」ふいに出た独り言。ただれた部分に少し染みる。




『歯磨き粉』

歯磨きしてもう寝ようと思った。洗面台の前に立つ。歯磨き粉がペシャンコだった。こんなにもペシャンコなものを初めて見た。人間の力でこんなにもペシャンコに出来るものなのか。鏡を見た。僕もペシャンコだった。いや僕の方がペシャンコだった。今日仕事で浴びた言葉と視線を思い出し、目が充血した。




『アイスコーヒー』

アイスコーヒーの中で氷が鳴った。溶けて次第にバランスを失った氷は、限界を超えた瞬間、音を立てて滑り落ちた。それはカランと綺麗な音だった。吸い込まれるような澄んだ音だった。私は、ほどなく限界を超えたら、自分は一体どのようになるだろうと考えた。宙を睨んだ。吸い込む力の正体を、睨んだ。




『インスタント焼きそば』

インスタント焼きそばを食べて満腹になった。腹の中を想像する。内側から胃を押すほどに焼いたそばがパンパンに詰まっているだろう……焼いた? 自分は焼いただろうか? いつ焼く行為をした? 必死に記憶を遡る。一分前、五分前、十分前、一時間前、昨日、先月、去年、成人前、入園前、胎内、前世!


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超掌編十本 あい @hezuma

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