035 住民の英雄的存在


「知らない天井、とはならんか」


 ソウはムクリと起き上がると、ぐるりと内装を見渡した。

 案の定ギルドの2階にある部屋なわけだが、メンテナンスが入ったからといって特に変化は見られなかった。

 メンテナンスの内容は知っているので初めから期待はしていないが、隠れたものを探してみたくなる衝動に駆られた結果だった。

 メンテナンスが明けてから一日経ってのログインである。

 コンソールを開くと一件のメッセージが来ていた。差出人はスルメイカだった。内容を要約すると色違いの外套を複数送ってくれるようだ。その代わり、何か珍しいものを見つけたら流して欲しいとのこと。

 防具作成についてはいつも通り、即時対応を望まないという条件で受けてくれるそうだ。今はタロウたちの装備を仕上げているらしく、こちらの防具の受注は先になってしまうようなのだが、外套だけでも十分だった。


「有難いな」


 空いている時間を載せてくれているので、都合の良い時間を選択してメッセージを送った。


「これでどうにか安心して攻略に戻れるか」


 1階に降りるも、やはり無人であった。

 ソウは大水晶に触れて適当に討伐系のクエストを受けていく。納品クエストは後でいいことをモノシスで学んだのだ。敵の強さは道中であれば最大でも30レベほどと聞いているので周回するには困らないステータスだ。

 アジーラに来たので外套を着ずに外へ出ることにした。

 精霊の森は深夜しか開かないうえ、ソウは精霊の森で狩りをするつもりがない。必然、他の狩場を探すことになる。

 

「とりあえずは中央を目指すか」


 マップ的に、占いギルドがある場所はアジーラの北北西だ。ゴンドラで行くため別に方向が分からなくてもたどり着けはする。

 来た道を戻って船着き場を目指していると、名無しのプレイヤーとすれ違った。

 膝まである長い黒髪を揺らした、黒いローブ姿で背が低い少女だった。ローブのサイズが大きいため体型や武器などは窺えなかった。

 

「この先に用事とは、ご同業か?」


 だとすれば、初めて同業のプレイヤーと出会ったことになる。

 とは言え、ソウから話しかけることはしない。なるべく目立たない方向で行くと決めたのだ。

 気にせずにソウは歩みを進め、数分で船着き場に到着した。視界に浮かんだコンソールウィンドウで呼び出しボタンをタップする。これで待っていればゴンドラがやってくるシステムだ。

 ゴンドラを待っていると対岸でひとりのNPCが釣りをしているのが目に入った。白いひげを蓄えた70代後半は行っているであろう老人だった。年齢の割に背中は曲がっておらず、綺麗な姿勢で竿を握っている。


「人工的な水路でも魚が釣れるのか?」


 気になったソウは水路の中を覗き込む。これでもかと透き通っている水は水路の底のレンガを映し出していた。魚どころかコケのひとつですら確認できない。

 では、何故ご老体はあそこで釣り糸を垂らしているのだろうか。

 疑問に思っていると、ゴンドラがやってきた。


「お待たせだね。さあ、乗ってくれ」


 漕ぎ手のあんちゃんに促されるままにゴンドラへ乗ると座席に腰を下ろした。


「さて、兄ちゃん。ちょいっと待っていてくれな。 ――おーい、ダーロン様! 今日は開放日じゃないぞ、明後日だ!」


 先に謝りを入れてから、漕ぎ手のあんちゃんは釣りをしている老人に向かって叫んだ。

 どうやら聞き取ったらしく、ご老体は釣竿を引き上げるとぺこりと綺麗なお辞儀をして歩いて行った。

 その様はとても老人とは思えないほどきびきびとしており、仕草のひとつひとつが洗練されているようにソウは感じた。

 感心しつつ老人の後ろ姿を見送っていると、あんちゃんが説明してくれた。


「ああ、済まないな。あの人はダーロン・ジルコメア様と言って、現領主の父君なんだ」

「では、あのご老体が前領主?」

「そういうことだ。代々ジルコメア家は冒険者としてモンスターからこの街を守ってくれていたんだ。今ではああしてボケが始まっちまったが、この街に昔から住んでいる人は誰もが尊敬する御仁だ」


 ほう。NPCの元冒険者か。通りで身のこなしがいいわけだ。ボケたとしても長年培ってきたものはそう簡単に抜けるものではないらしい。

 

「んで、兄ちゃんの行き先はどこだい?」

「アジーラの中央に行きたいのだ」

「はいよ。商業区だな」

 

 あんちゃんが頷くと、オールを漕いだ。ゴンドラがゆっくりと前進し、深夜で見ることが出来なかったアジーラの街並みをソウは堪能するのだった。



 商業区に到着し、ソウはゴンドラを降りた。


「また御贔屓に!」


 あんちゃんを見送った後、ソウはマップを見る。

 アジーラの北には狩場は存在していないらしいので、東西のどちらかになるはずだ。

 適当に東から攻めてみるか。

 中央に向かって南下していくと、大通りに出た。


「やはり、ここまで来ると人が多いな」


 商業区というだけあって、PC、NPC問わず数多くのショップが併設されていた。

 後で巡ってみるのも面白そうだ。

 何よりまずは金策である。

 東に向かって進むと、基本職のギルドが並んでいるのを発見。モノシスと同じ配置というわけではなさそうだった。

 

「そして、相変わらずEXジョブのギルドは表に無しと」


 目立ったところで、用のある人の方が少ないだろうから特に困ることはなさそうだが。

 ソウは大通りを抜けて細道に沿って歩いていくと、マップがフィールドに出たことを示した。そこには複数のため池がざっくばらんに配置されたフィールドで、戦闘をしているプレイヤーも多く見受けられた。

 

「やはり、水の都というだけあって水場が多いか」

 

 モノシスでも見慣れた、カエルや亀。あとは…… 居た。水浴びをしているホーンホース。本当にあいつらは水中が好きなのだな。

 目新しい敵と言えば、特に目に付くのは人の顔ほどはありそうなトンボだった。レベルは見えないが、街に近いから恐らく20レベほどだろう。

 これまでの経験から、必ずではないが街から遠ざかるほどに敵のレベルが上がっている傾向にある。

 よって経験値を稼ぐなら奥へ進む方が効率はいい反面、移動に時間を取られるので大体中間で狩るのが時間効率のいい狩り方だった。

 

「さあ、狩りの時間だ」


 そう意気込むと、ソウは奥へと進んで行くのだった。

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