034 近況報告という名の日常


「むむ、混乱ですね」

「じゃあ一回休みだね」

「先輩たちはもうすぐゴールですか?」

「まだ、康太郎が折り返しだから、最下位争いはそこじゃない?」

「結局ビリ対決です……」


 それぞれの手持ちのカードを見比べて、隼人は渋い顔をした。

 琢磨が山札からカードを引き、自分の手元に置く。


「あと一回引いたらゴールか」

「あ、私1抜け!」


 次の順番である啓子は今引いたカードでゴールしたらしい。


「かぁっ、相変わらず早いな!」

「ふふん、どこぞの沼には負けんのだよ!」

「けっ。人の妨害しておいて何を言ってやがる」


 妨害カードを引くたびに啓子は康太郎へけしかけていた。彼女は妨害を引きつつも進行数の多いカードを引き続けているため進行ペースは落ちるどころかぶっちぎりで早かった。

 そのせいもあって康太郎の進みが大分遅いのであった。

 康太郎がターゲットとなっていることで他の面子は快調に進んでいたのだが、隼人の引きが悪く少ししか進まなかったようだ。

 

「あ、上がり」


 鈴香も到達した。

 隼人は飛ばされて、琢磨は無事この回でゴール。

 後は二人の争いだった。

 

「今日も賑やかね」

 

 彼らの遊ぶ様子をカウンターから眺める暦はどこか幸せそうに呟いた。

 常連である彼らの他にも3グループほど席が埋まっており、いつもに増して賑わいを見せている。

 経営側としてはVRゲームが普及しているなかでもこうしてリアルゲームを遊んでくれる彼らは宝であった。

 チャリンとドアが開く音が店内に響く。


「ふむ、今日は盛況のようだ」


 入ってきたのは両手にビニール袋を提げた蒼だった。


「お帰り」

「ああ、暦さん。これが頼まれていたものだ。領収書も中に入れてある」


 蒼は手に持つビニール袋を暦に渡した。

 それは近所のスーパーのもので、蒼は暦から来るついでにお使いを頼まれていたのだった。

 

「ありがとう。帰りに払うわ」

「がぁ、まけたー!」


 暦に頷くと、康太郎の絶叫が耳に届く。

 騒ぐのは結構だが、もう少しボリュームを落とせんのか。けん制としてジト目を向けると、こちらに気付いた康太郎が軽く手を上げた。


「なんだ。蒼帰ってたのか」

「今な。なんだ、また負けたのか」

「おかえりー」


 啓子のほくほく顔を見るに、またトップだったのだろう。

 盤面を見ても康太郎が酷く妨害されている以外、変なところはなかった。


「蒼も来たし、全員で出来るものにしようか」


 手早く片付けて、琢磨は6人で遊べるものを探しに棚へ。

 蒼は空いている席に腰かけた。


「この後講義の奴は?」

「誰も。だから夜まで出来るよ」

「啓子、課題は?」

「へっへーん、もう終わってますー」


 薄い胸を張って、啓子は言った。

 WEOが深夜にアップデートを行うということもあって、23時頃からログインが出来なくなる。

 そのため今日はログインせずにこうしてロードで集まって遊ぶことにしたのだ。


「それは何より。いつもそうであってくれ」

「かぁ、煽りよる」

「啓子。真面目な話よ。いつもの半分でもやっておきなさいな」

「すずちゃんまでー」


 頬を膨らませて啓子は不貞腐れた。

 はいはいと適当に流しつつ、鈴香は啓子の頬を両手で挟んでしぼめる。プシューと小さな唇から空気が抜けた。

 この二人は本当に仲がいい。


「これどうかな?」

「ああ、いいんじゃないか」


 琢磨が持ってきたのはプレイヤーが登山家になって登頂を目指すゲームだ。

 何度かプレイしたゲームだが、これはこれで奥が深い。手早く準備を進めていく中、蒼は近況を報告した。


「昨日、アジーラに到着したぞ」


 唐突な話題の振り方であったが、どうして皆手を止めてこちらを見るのかね?


「もう、ですか?」

「蒼、レベルいくつよ」

「メイン22だが?」


 その返答に皆呆れた表情を浮かべた。しかし、蒼だからという呟きとともに、また準備に戻っていく面々。

 だから何だというのだ。


「よく、それでボスに勝てたね」

「……ボス?」

「あん? モノシスを出るときにやったろ? フォレストファングって言う、フォレストウルフの上位種」


 ふむ、どうやら俺は森を抜けてきた関係でボス戦をスキップしたらしい。その途端、蒼の背中に嫌な汗が流れた。

 これは、秘匿案件が増えてしまったか。


「ねえ、すずちゃん。蒼固まってるけどさー」

「ええ。あの顔はマズい顔ね」

「えっ? 蒼先輩、もしかしてオオカミと戦わずにアジーラに到着したってことですか?」


 隼人が正解を言い当ててしまった。

 蒼は、ただただそれに頷きを返すだけだった。


「やっちまったなぁ……」

「ボス戦回避できるって知ったらみんなそっち行きそう」

「それ、例のクエスト関連?」

「正解だ。その報酬といったところか」


 でも待てよ。冷静に考えると、俺はボスラッシュを成し遂げたわけだからむしろこちらの方が難しいのではないだろうか。

 

「因みに、そのフォレストファングとやら、レベルはいくつだ?」

「25」


 ふむ、変わっていないか。だとすれば、変異体どもの相手の方がよっぽど面倒だったことになる。ともなれば、俺の抜け道は妥当では?


「恐らく、正規の方が簡単だな」

「わーお、この人ドヤ顔で変なこと言ってますよ」

「でも、今までの蒼の話を聞く限り、確かに正規の方が楽かもね。どんな相手だったのかは教えてくれないから分からないけど」


 なんせ、レベル22、25、26の3体を相手にしたのだ。

 25レベル1体で済むのであれば、断然正規ルートの方が楽と言えよう。


「強敵であった……」

「ひとりで黄昏ないでいただけますー?」

「ところで、今日のアプデは何だったか?」


 講義の前にちらっと覗いたが、頭に残っていなかった。


「こう、露骨に話題転換するのはお決まりよね」

「蒼、突いたら幾つ未公開情報出てくるかな?」

「面白そうですね!」


 なにやら不穏な会話が展開されているが、意地でも公開せんぞ!


「スキルの追加実装とボスレベルの調整だって」

「予想よりプレイヤーが進行しているからその調整じゃないかしら。後はイベント関連の変更とかでしょう」

「だね」


 月末に別のイベントが発生するかもしれないと噂があった。

 前回は初心者優遇イベントだったので、今回は誰もが楽しめるものだと思われる。


「なんでもいいがな。出来ればひとりでやれるものであればいいが」

「ほんと、このソロ厨は……」


 準備が整ったので、まずは探索隊のリーダーを決める。

 

「じゃあ、今日は隼人がリーダーね」


 間髪入れず、琢磨が隼人を指名した。

 指された隼人は露骨に嫌そうな顔をした。


「ええっ! 僕ですか!」

「あまりやらないからここでいっちょ決めようか」

「毎度鈴香や蒼じゃ飽きるべさ」


 交流する系だと中心にいる隼人だが、人をまとめるという点で得意ではない彼。まあ、見ものではあるか。


「それで、そちらはサートリスのクエストを受けているのか?」

「そうだね。啓子が独自クエスト引っ掛けてきたみたいで、今はその準備かな」

「人の事を言えないではないか」

「残念ながらこっちは情報が回っているから、もう上位陣はクリア済みよ」


 ああ、既出情報のクエストか。情報サイトを全く見ないものだから何が既出なのかも分からんが。


「所謂お使いクエスト。サートリスの周辺にいる強めの敵から泥するアイテムの納品だよ」

「その泥率が低いから結構時間拘束されるかもしれないとかで」


 このメンツにとってみればあまり関係なさそうなクエストだ。

 むしろTA出来そうなレベルでは?


「啓子が居ればすぐ終わりそうだな」

「と、踏んでる」


 これだからリアルラックの持ち主はヘイトを貯めるんだぞ。こちらは毎度金策で唸っているというのに、この娘は一度クエストを達成すれば人の3倍は稼いでいる。効率の差が半端ないのだ。


「クリア報酬で貰える素材を使った武器が強いらしくてね。それ目当てかな」

「なるほど」

「スルメイカと合流次第、装備を更新してもらう予定」

「彼女、ここ数日インしてないみたいなの。多分仕事で缶詰食らってるかもって」

「これまでの線からして恐らくそうだろう」

 

 スルメイカのリアル職業は絵描きだ。月末は特に締め切りのパターンが多い。仕事の受注もそれなりで、波がある分予定が組みづらい相手と言える。

 仕事が無い間は連日ログインしているので、その辺で彼女なりにバランスをとっているのだろう。

 生産職で有名だが、装備品があまり相場に流れないのはこれが原因だったりする。

 よって、市場では高値で取引されることも珍しくなかった。

 

「サートリスまでも一本道なのか?」

「まあ、そうだね。途中で分岐する道があるんだけど、どうも解放されていないらしくてね。目では見れても進めない場所がある」

「そこが次の街に繋がっているかもしれないのか」

「恐らく。上位陣は挙って解放条件を探しているよ」


 サートリスを解放したばかりだというのに、もう次の街を手に掛けようとしているわけか。鮪のような連中だが、TOP陣なんてそんなものだろう。

 未知のフィールドをいの一番に踏み込むことの爽快感はたまらないものがある。

 昔蒼も成し遂げたことがある分、その考えはよく分かる。


「サートリスに行くまでに防具の更新をしなくてはな」

「ああ、武器は手に入ったみたいじゃない」

「というか、ゴル爺居るじゃないか」

「マジで⁉ 俺ら知らないんだが」


 康太郎が目を見開いて驚いていた。

 ほかの面々もうんうんと頷いている。どうやら本当に初耳だったらしい。流石に知っていたら教えてくれるか。


「烏賊に貰った短剣の製作者がゴル爺だった」

「おいおい、じゃあ身内の生産職揃ったじゃねーか」

「だねぇ。ゴル爺と根暗には会えてないけど」

「俺はそのアクセ職人を知らんのだが」


 根暗と呼ばれるアクセサリー職人は蒼がゲームを避けていた時に付き合いがあったらしい。


「まあ、出てきたら紹介するわ」

「いるとは思うのよね。市場には流れていないけど」

「むしろ、流れていたらびっくりよ? 二人とも身内分しか作らんじゃん」


 ゴル爺は昔にオーダーメイドで手広くやっていたのだが、武器の横流しが原因で市場に流すことを止めてしまったのだ。よって、俺らがクランを立ち上げた際には専属になっているケースが多い。

 手持ちに変なアイテムがあるので、早いところ二人に素材を投げてしまいたいのだが。いや、確か変異核は譲渡不可だったか。ダメだな。残る特殊なものと言えばイベント素材くらいか。


「はい、じゃあやりますよー」


 隼人の号令により登山が始まった。

 こうして、蒼たちは夜までボードゲームを楽しんだのだった。

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