007 ギルマスの依頼

 明日は講義が午後からなので長めにインできるな。


 帰宅した蒼は諸々を済ませると、早速WEOにログインするためにVR機器に手を伸ばした。頭にセットして楽な姿勢でベッドに横たわる。




「ログイン」




 意識が遠のいて浮遊感が襲ってくる。宇宙空間をワープしているような光景が続き、先に見える光の塊に蒼の意識は飲まれた。




 ソウが目を開けると、見知らぬ天井に迎えられた。


 木製で、かなり古いのかところどころ黒ずんでいるのがわかる。服装は旅立ちセットのままベッドに転がされているようだ。




「ふむ、俺は大水晶の前でログアウトしたはずなのだが……」


「ようやく起きたかい、ソウ」




 声の方を向けば、大型の黒いフクロウがこちらをじっと見つめていた。


 気のせいか、こいつからご老体の声が聞こえたのだが?




「……」


「なんだい? もしや耳を悪くしたのかい? その年でそれは医者にかかるべきだね」




 この軽口、間違い……ないな。何も間違っていない。どうやら俺は正常のようだ。




「ご挨拶だな、ご老体。無論聞こえているとも」


「聞こえているなら返事くらいしてもいいだろうに。まあ、分かっておったがのう、天邪鬼」


「だろうな」




 この老人は先読みができるのだ。まあ、ゲーム上のNPCなのでこちらの聴覚が正常かどうかなんて運営が把握していることだから伝えればどうにでもできるが。


 いや、確かこのゲームのNPCはAIが管理しているんだったか。そうなるとこのご老体は【未来視】でビックデータから情報を拾い上げているのかもしれない。


 なんにせよ、今はどうでもいいことだ。




「してご老体。本当の姿はそちらで?」


「ふぉっふぉっふぉ。ボケるにはまだ早いの」




 一々癪に障る老人だな。




「そう剥れるでない。こいつはワシの目であり手足よ。如何せん足腰がきつくてのう……」




 身体能力は年相応のようだ。って、昨日は俊敏に動いてらしたがあれは幻像か何かとでもいうつもりか? それに俺を運んだのだろう? 皮鎧込みで結構重いはずだが……


 気にしたら負けか。




「まあ、渡り人が意識を手放してどこかに行くというのは知識として理解しているとは言え、実際に見たのは久しぶりで驚いたものよ。大水晶前で寝られると邪魔じゃったから、こちらに移したまでよ」


「ああ、それは申し訳ない」




 戦闘とログアウト不可領域以外はどこでもログアウトできる仕様なのだが、確かに現地人からすると邪魔だな。気を付けるポイントが出来た。


 次回はきちんと宿を借りるか。ついでだし、確認しておくことにしよう。




「ご老体。森の中に湖、もしくは水辺のある場所を知らないだろうか?」


「水辺ねぇ……。ああ、ブラックタートルだね?」


「そうだ」




 フクロウの思案顔というのはなかなかに面白いな。


 鳥が人のように唸っている様はゲームならではの光景であり、現実だとまずお目にかかることはない。




「……なら、教会裏にある出口から進んだ先にある森に行くことだね。ただ……いや、それはお前さんが確かめることだ。実際に行ってみるといい」




 何か情報を渋ったが、まあこちらとしては【未来視】の裏付けが取れたのでよしとしよう。恐らく突き飛ばされる原因に関係している気もするが、そこまでネタバレはさせてくれんということか。




「場所の見当が付いただけで十分だ」


「そうかい、なら降りてきな。ああ……ついでにひとつ頼まれてくれんかの?」




 これは独自クエストか? 


 NPCとの会話で稀に発生するクエストがある。何がトリガーかはわからないが、通常の手法では公開されない内容のため、探すのが困難であるとされている。報酬は様々だが、それがきっかけで道が開けることもあるので受けておくに越したことはない。




「では、下で聞こう」




 ここ、2階だったのか。


 ホーとフクロウが鳴くと、止まり木の模型から飛び立って扉の方へゆっくりと向かっていた。ドアノブに足をかけて沈みこむと、扉を開けてくれた。




「お前、随分と器用だな」




 案内してくれるのだろう。


 ソウはフクロウの後をついていくと階段があり、ここから一階へ降りられるようだ。下が簡素な割に意外と複雑な構造をしているらしい。思ったよりも部屋が多いことにソウは驚いていた。


 手すりに留まってこちらを見ていたフクロウは、軽く飛ぶとソウの肩に留まった。


 レザーアーマーのため地味に爪が食い込んで痛いが、まあ我慢できる程度だ。




「ありがとう」




 留まっている逆の手で頭をなでてやると、フクロウは気持ちよさそうに目を細めていた。その光景を見ているだけでほっこりとしてくる。


 階段を降りて先を抜けると、カウンターにはメルダが座っているのが見えた。それを目にしたソウは一つ疑問を抱いた。


 昨日初めて来たとき、ここに階段はなかったはずなのだ。


 後ろを向けばなんと階段は無く壁になっていた。


 試しに壁に触れてみると、手がすり抜けて向こう側へ伸びているのが分かった。




「ふぇっふぇっふぇ。面白いじゃろ?」


「確かに、初見では見抜くのは難しいかもしれん」




 出てくる姿を見られると簡単にバレてしまうが、外から見る分にはただの壁だ。詳しく調べない限り、見つけることは困難であろう。

 本当に魔女ではないだろうな?


 ソウは昨日同様カウンターを挟んでメルダの前に腰かけた。フクロウは肩から飛び立つと、入口上部にあるフクロウ用の入り口に留まった。




「依頼の話だがね。内容はシンプルだよ。泉の水を汲んできておくれ」




 視界にクエストウィンドウが浮かび、クエストを受けるかどうか聞かれている。


 蒼はYESをタップした。


 メルダの依頼がクエスト受注中に代わる。




「亀のついでだ。受けようじゃないか」


「いいねえ。若いもんはそうでなくてはの」


「して、ご老体。今しがたサラっと泉と言わなかったかね?」


「そうとも。モノシスの泉。それがブラックタートルの生息する場所よ」




 モノシスの泉ねえ。ゲームで泉と聞くと神聖的な何かが祀られていたりするものだ。もしくは妖精・精霊なんてものがいたりするのが鉄板だが、果たして。




「そこは何か祭壇とかあったりはしないかね?」


「おや、鋭いねえ」




 あるのか。これは何かありそうだな……


 メタだが、何か別の思惑があるように思えてならない。恐らくだが、他にも水辺の候補はあったのだろうが、ついでだから俺に押しつけてしまいたいということだろう。




「まあ、教えないがねぇ。実際に感じてみるといいさ」




 情報は寄越さんと。そして感じろと来たか、なるほど。そこに何かあるのは確定のようだ。




「ならば、この身で体験してみることとしよう。水はどの程度汲んでくればいいのかね?」


「この分で構わないよ」




 メルダは三本のポーション瓶を取り出して、カウンターの上に置いた。




「これほどでいいのかね?」


「ああ」




 思ったより少ないのだな。プレイヤーはイベントリがある都合上、どんな大きさでもしまい込むことが出来てしまう。そのためバケツくらいは持ってこいとか言われても不思議じゃなかったが。




「承知した。では早速向かうとしよう」


「気を付けて行っておいで。裏の森に続く道は教会の脇を通って、少し先に細い道があるからそこに入るんだよ」




 きちんと行き先を知らせてくれるのはありがたい。メルダに頷くと、ソウは瓶をイベントリにしまって占いギルドを出た。


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