003 占いギルド
目を開けた途端、多くの音がソウの鼓膜を震わせた。
ワープ演出を付けた割には教会の入り口に立たされているだけで意味はないものっぽいな。
演出の割に拍子抜けであるが、そんなことに気を取られないほどの情報量が飛び込んできた。ただ人々が行きかう光景なわけだが、これがゲームなのかとソウは感動しきりだった。道で立ち止まって談笑している婦人方。親の周りを駆ける子供たち。大通りの中央を通っている荷馬車。建築物は主に石や木となんともそれらしいものだが、様相は整っているからかみすぼらしさは感じられなかった。こと自分がいた教会に関しては大理石で作られている。屋根には平べったい短槍を連想させる十字架が乗っていた。恐らく後退した文明ではなく、ただモノシスという街をファンタジックに寄せているということなのだろう。
ログインしてすぐにこの光景は、心を躍らせてくれるものだ。
人々の頭上には名前が浮かんでいる。黄色がNPCで青はプレイヤー、赤はPKerと簡単に見分けられるようになっているとヘルプに書かれていたな。自分の名前を非表示にすることもできるが、PKerは不可能であるらしい。
このゲームでPKは黙認されているが、最低、20lvを超えていなくてはキルができない仕様となっており、もし20lv以下のプレイヤーを誤って殺してしまうと、所持アイテム(武器防具含む)の全損と能力値半分のデスペナが一月(累計ログイン時間参照)続くようになっている。通常のデスペナは能力値の10%減少が半日(累計ログイン時間)である。
街の中は不死フィールドとなっているので、PKされる心配はない。
ソウは教会から延びる大通りを進む。
視界の邪魔にならない場所にマップが表示されており、赤い矢印が薄く点滅していた。
成程。きちんと指針はあるわけか。
矢印に従って進んでいると人通りが減り、教会とは違った寂れた様相の建物へと促された。その建物の上部には看板があり、それは日本語(恐らくプレイヤーの対応する言語)で占いギルドと書かれていた。
まあ、なんというかこじんまりとした商店のようで、ギルドという風には思えないな。
「取得する人が少ないせいかもな」
NPCはちらほら見かけるが、プレイヤーがいないのはある意味珍しい光景ともいえる。
ソウは扉を開いて占いギルドへと足を踏み入れた。
薄暗い空間で、入ってすぐ目に付いたのはカウンターに置かれた大きく透明な水晶玉だった。小さな子供一人がすっぽり収まりそうなほど巨大である。其れは天井から延びる複数のアームによって固定されているので、持ち運ぶものではないようだ。
周りには本棚が並び、見るからに古臭そうな表紙が顔を覗かせている。やや黴臭く、雰囲気は魔女の住処といった感じと表現すればいいのだろうか。
「なんというか、魔法師ギルドと呼ばれても文句なさそうだな」
「そのような辛気臭い館へようこそ。何かお探しかな?」
突然の声に慌てて振り向くと、いつの間に現れたのか身長150程度のNPCが佇んでいた。
黒いローブを身に纏い、フードも深くかぶっているため、表情がイマイチ読み取れない。声はしわがれた女性のもの。両手を重ねて杖を握り折れ曲がった腰を支えているその姿はまさしく、
「魔女だな」
「ふぇっふぇっふぇ。まあ、わたしゃの格好でそう言わん子らぁおらんのう」
頻りに彼女は笑ったのち、気付くとその姿は見えなくなっていた。
「なっ!」
慌てて探すといつの間にかカウンターの向こう側で椅子に腰かけているではないか。
「これはご老体。見た目より動きの早いことで」
「まあ、長いこと生きとると、変なスキルをため込もうものでのう」
そういってふぇふぇふぇと低く笑みを浮かべた。思った以上にこの老婆はやり手のようだ。
「ふうむ…… 見たところ、おまえさんは渡り人かのう? この世の人間とは違うオーラを纏っとる」
渡り人ねえ。この世界におけるプレイヤーの総称ってところか。というか、俺らはそんなオーラを常時出しているのか?
今は突っ込むより先に進めるか。
「まあ、そんなところだ。ご老体、一つ尋ねるが貴女がこのギルドの受付嬢か?」
美化しすぎかもしれんが、ギルドの受付は若くて活発だったり、見目麗しい人が選出される傾向があるが……
もしや受付がご老体なのが過疎の原因だったりするのだろうか。
「お嬢と呼ばれる年じゃあるまいに。わしゃあ、この占いギルドのマスターをしておるメルダじゃ」
そう言って彼女はフードを下ろし、初めて全貌を見ることができた。頬がこけておりしわがれた肌。歯抜けの前歯、しわくちゃで長い白髪。どこを見てもひ弱で細い老婆の姿であった。
なるほど、ギルマスだったか。だとしたらその年齢でも納得だ。
「俺は……」
「ふむ、時におまえさん。もうすでに占い師のジョブに就いとるようじゃの」
なんだろうか、この続かない会話のやりとりというか一方的に情報を突き付けてくるこの感じ。言葉のドッチボールをしている感じで気味が悪い。
「……わかるのか」
「わしゃ、さっき視たからの」
……視たと来たか。なるほど、さすが占い師のギルドマスター。どれほどレベルを上げる必要があるのかは分からないが【未来視】は名の通り、確かに未来を見通すスキルに化けられるのかもしれん。
もしかしたらNPC特有の能力である可能性も捨てきれないが。
「お察しの通り俺は占い師のジョブに就いている。ここには冒険者として活動する許可を貰うために登録をしに来た」
序盤の流れについては幼馴染たちから調査済みだ。まずはメインジョブに該当するギルドへ赴き、冒険者として登録をすることでこの世界の説明と各種制限の解除がなされるという。
「そうかい ……お前さん、名は?」
頭上に名前は浮かんでいるはずなのだが、これはNPCには見えないということなのか。というより、未来が視えているならばこちらの名などすでに判明しているだろうに。
かと言って問われている以上、答えるのが礼儀というものか。
「俺はスカイブルーだ」
メルダはソウの返しに頷くと、大きな水晶を指した。
「それに手を触れな、ソウ」
「わかってんじゃねーか!」
「ふぇっふぇっふぇ」
老体に弄ばれていることに釈然としないソウだが、言われたとおり水晶に触れる。
すると、水晶はほのかに紫の光を帯びるや、それは一瞬で消えてしまった。
「これで登録は完了だよ」
随分と簡易的だ。こういうところはシステムチックなのか。
手を離したソウは改めて老婆と対面する。
「では、このギルドについてと占い師について手短に話をするとしようかのう」
「ああ、よろしく頼む」
ソウはメルダの説明を聞くべく、耳を傾けるのだった。
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