第10話 結界の外の森 前世の記憶と元夫との距離

「わかりました。この森を出て、どこかの国へ入ることが出来たら別行動にしましょう」

 私は、はっきりそう言った。冗談じゃない、前世ではこの人に散々嫌な思いをさせられたんだから。


 結婚式の日が初対面の政略結婚。

 それでも愚かな私は、この人に少しは愛情をもらえると思っていた。


 なのに、跡取り息子と女の子が2人産まれたらもう責任は果たしたとばかりに、おめかけさんを数人作ってしまっていた。


 私はというと本妻としての責務、家の切り盛りと夫のご両親の世話。

 挙句の果ては夫から戸建てを買ってもらっているおめかけさんの世話までさせられる日々だった。


 まぁ、使用人はたくさんいたので、家事や雑用はしなくてすんだけど。

 それでも、もう金輪際関わりたくない人間の一人だ。


「それは困る。俺は、お前と一緒にいるために……」

 なんだか必死だ。


「お前……、前世でも私の事をそう呼んでましたわよね。それは、便利でしょうね私がいれば。嫌なことを全て押し付けて、自分は好きな女と遊べると思っているのでしょう?」

 なんで、生まれ変わってまでそんな風に使われないといけないの?


 なんだか、涙が出てきた。もう嫌だ。なんで私ばかり……。

「すまない、メグ。だけど、そんなつもりで一緒にいたいわけじゃないんだ」


 泣き出した私のそばで、ダグラスはオロオロしている。

 ポケットから、綺麗なハンカチを出すとそっと私の涙をぬぐいだした。


「やだ、さわらないで」

 私は、頬をぬぐっていたハンカチを思わず叩き落としていた。

 そのハンカチには、お世辞にも上手と言えない刺繍がほどこされている。


 慌ててダグラスはハンカチを拾い上げた。そうして大切そうに土ぼこりを払い。

 四つ折りに畳みなおしている。


 私は泣きながらその様子を見ていた。だけど、そのハンカチは、

「それは……幼い頃私が刺繍の練習をしていた物では……」

 マーガレットの記憶の中にその刺繍を練習した記憶がある。


「ああ。処分するのなら、俺にくれないかと頼んだんだ」

 そうして大切な物のように、またポケットにしまった。

 ダグラスが、メグの方を見る。


「前世の言い訳はしない。俺がどんな思いを持っていても、メグが前世で感じたことが全てだったのだろうからな。ただ、今は頼むからそばに置いてくれ」


 そう言って、ダグラスは跪いたまま頭を下げた。


 



 私は、涙を拭いてダグラスがくれたパンと弁当を食べていた。

 その間に、ダグラスは落ちている枝を拾い。要領よく火をつける。


 少し肌寒かった空気がほのかに暖かくなった。


「器用ね」

「ん? ああ。騎士や兵士なら誰でもできるさ。野営もするからな」

「そう」

 ダグラスは、焚火の火が安定してきたら、私を毛布でくるんでくれた。


「少し、横になって寝たら良い。俺が火の番をしておくから」

 おやすみと言ってそのまま火の方を見つめている。

 ダグラスが何を考えているのかは、わからなかった。




 前世は前世。今は、恋仲でもまして夫婦でもない。

 それなのに、不思議ね。今の方が、あなたの愛情のようなものを感じるわ。

 追放された私に付いて来てくれるし、保護者役もしてくれている。



 でも、ダメ。

 好きになってしまったら、また利用されてしまうもの。

 本当にバカよね。マーガレットも私も、同じ過ちを犯していた、自分が愛されると思って。

 平民になるメグは、もうそんな愚かな事しないわ。

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