2ー22.氷礫
神殿の中、無数の”
呼吸もままならない程の息苦しさ。常人ならば動く事さえ叶わない程の障気が渦巻く中でも、リオレイルを始めとした面々は気にした様子もなく剣を振るっていく。
ルルシラは”忌人”達に囲まれ、安全を確保するよう最奥に居た。
リオレイル達が”忌人”を切り伏せると、またルルシラが”忌人”を生み出していく。いたちごっこのような状態に嫌気がさして、リオレイルはふぅと小さく息をついた。
「アウグスト、水晶は」
「あるぜ。
「第二の分もか」
「第二のやつらのせいで、面倒な事になってんだ。少しはツケを払ってもらわねぇとな」
「違いない」
目の前の”忌人”が伸ばす腕を軽く避け、その胴体を薙ぎ払ったアウグストは懐から革袋を取り出した。ずっしりとした重みが伝わってくる程に膨らんでいて、揺らすと澄んだ音が聞こえてくる。
悪友とのやりとりに低く笑ったリオレイルは、セレナに目を向ける。目が合うとそれだけで理解をしたセレナは、身を低くして目の前の”忌人”の脚を切り落とす。体勢を崩した”忌人”の首をカイルが刎ね、そのまま周囲の”忌人”も纏めて切り伏せた。
出来た道をアウグストの元に駆けていったセレナは、水晶の入った革袋を受け取った。
「この神殿を外から浄化してくればいいんですよね、任せてください!」
「頼むぜ。あのお嬢さんがどれだけ”穢れ”に満ちてんのかは分からねぇが、この場を浄化すれば少しは弱体すんだろ」
「了解ですっ!」
セレナが扉に向かって駆け出すと、それを阻むように”忌人”達が壁となった。しかしセレナは足を止めない。
彼女を追い越すようにして、大剣を持ったリオレイルが”忌人”の中を一陣の風のように駆け抜けたからだ。
崩れ落ちた”忌人”達は、大剣が纏った聖気によって黒い粒子と身を変えていく。あとには何も残っていない。
「行け」
「はいっ!」
リオレイルが顎で扉を示すと、片手を挙げたセレナは元気よく神殿を飛び出していった。
「元気だねぇ。それにしてもこんな状況になってるなら、先に神殿を水晶で囲っておけば良かったか?」
「結果論になるが問題ないだろう。私が居て、グレイシアの聖気もあるんだ。負ける事はないな」
「くく、やっぱり我らが団長様はそうでなくちゃな」
楽しげに笑うアウグストに、”忌人”が迫る。
「数がありゃいいって訳じゃねぇんだよなぁ、お嬢さん」
にやりと笑うアウグストに、ルルシラは眉をしかめるばかりだった。
「あなた達が強いのは分かっているもの。それならばそれを上回るだけの数で圧倒するだけよ」
「生み出せる”忌人”にも限りがあるだろ。この神殿は間もなく浄化されるぜ」
「あんなちっぽけな水晶で何が出来るというのかしら。私に宿る”穢れ”は、それよりも濃くて深いのよ」
”忌人”に囲まれて艶然と微笑むルルシラの姿は、まるで”忌人”に
絶対的な自信。リオレイルを、全てを自分のものにするという野心。その為には何を犠牲にしても構わない。そんな権力者たる姿にさえ見えた。
「そうだな、水晶程度では貴様の”穢れ”はどうにも出来ないだろう。だが――」
神殿の中央にリオレイルが進み出る。
”忌人”が思わず後退り、道を作る程にリオレイルの大剣は聖気を帯びて輝いていた。
「私には聖女たるグレイシアの加護がある。意味は、分かるな?」
酷薄な笑みを浮かべるリオレイルの声は低い。
その声にあてられるかのように、神殿内の空気まで凍てついていく。
ルルシラははっとしたように、リオレイルの手にある大剣に目をやった。それと時を同じくして、神殿内の浄化が始まる。セレナが水晶を設置し終わったのだ。
「力比べといこうか。聖なる力と、”穢れ”とどちらが強いのか」
「……っ、大層な自信ね。聖女はバイエベレンゼの神殿から出られない。あの女が聖なる加護を持っていたとしても、私に対抗できるだけの力ではないわ」
「さて、それはどうかな」
ルルシラが、手にしていた二対の剣を振る。指示に従って”忌人”達がリオレイルへの距離を一気に詰める。
それに対して、リオレイルを守るように双璧を成したのはカイルとアウグストだった。ゆらりゆらりと横揺れする”忌人”達が、緩急をつけながらカイルとアウグストの命を刈り取ろうと手を伸ばす。
それを難なく防ぐ二人の顔には、薄く笑みが浮かんでいた。
リオレイルは両手で大剣を持ち直すと、その刃先を空に向ける。宵闇の中、神殿内の灯りを映して、刃先が妖しく煌めいた。
ぐるりと腕を回して大きな円を描く。それだけで空中には巨大な魔法陣が描かれた。その魔法陣から溢れる光は、大剣と同じ聖気を帯びている。
それに呼応するかのように、神殿内を浄化する力も強くなったようだった。
「さて、どこまで耐えられるか」
リオレイルが低く呟き、大剣を一気に振り下ろす。
その剣圧で起動した魔法は、魔法陣の周りに無数の氷粒を生み出していく。
ルルシラと”忌人”に容赦なく降り注ぐのは、聖気を帯びた氷の
避ける事も逃げる事も叶わず、神殿内に聖気が溢れた。光の奔流が空間を満たしていった。
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