幕間.女子会②

 アーベライン侯爵家のサロンは、賑やかな笑い声で満ちている。

 女子の話は尽きることを知らないようだ。


「もう結婚式のドレスは決めたの?」

「ええ。デザイン画を色々見せて貰ったんだけれど、目移りしてしまったわ」

「グレイシア様なら、どんなドレスもきっとお似合いになるわぁ」

「ありがとう。でもドレス以外にも決める事が沢山で、少し疲れていたの。皆さんが来てくれて気分転換になったわ」


 紅茶を口にしたグレイシアは、音を立てずにカップをソーサーに戻す。立ち上る花香にふぅと吐息を漏らした。


「団長も仕事が忙しいようだな。なんでも長期休暇を取るために仕事を片付けていると、父から聞いた」

「アウグスト様にもご迷惑を掛けているかしら」

「問題ない。いつも団長に任せているんだ、たまには父もしっかりやらなければ」


 キャロラインの言葉は中々に手厳しい。


「長期休暇? もしかして新婚旅行かしら」


 顔を輝かせたセシリアがテーブルに身を乗り出してくる。グレイシアは茶器をテーブルに戻すと頬に手を当て、首を傾げた。


「ご存知だった? イルミナージュで流行っているというのは本当だったのね」

「あら、じゃあ新婚旅行を提案したのは公爵様なのね? 素敵だわぁ」


 小さく拍手をしながらアンヌローザが笑う。同意するようにセシリアとキャロラインも大きく頷いている。


「どこに行くかは聞いていないんだけど、連れて行って下さるそうなの」

「楽しみね。私も結婚したら、新婚旅行に連れて行って貰わなくちゃ」

「私達はまずお相手探しをしないとねぇ」


 アンヌローザの言葉に、グレイシアは目を瞬いた。ここにいるのは貴族令嬢である。成人前後ともなれば婚約が決まっていても可笑しくはないのだ。

 グレイシアの様子にセシリアが笑う。


「私は跡取りなんだけど、両親ものんびりしていて結婚を急かされなくて。分家から養子を貰って跡取りにしてもいいだなんて、私に結婚の期待はしていないのよ」

「あらぁ、そんな事を言っているけど、騎士団の方とお見合いしてるんじゃなかった?」

「な、何で知ってるのよ!」


 アンヌローザの指摘に、セシリアの顔が朱に染まる。


「第一騎士団で、コスモディア隊長セシリアの父の部下だそうだな」

「キャルが言ったのね!」


 顔を赤くしてうろたえているセシリアはひどく可愛らしい。グレイシアはセシリアがよくやるように、テーブルに身を乗り出した。


「わたしも詳しくお聞きしたいわ。そのお見合いはどうなったの?」

「グレイシア様まで……。うぅ……歌劇を見に行く約束をしたわ」

「デートねぇ」

「デートだな」

「デートね」


 三人の声が揃う。セシリアは羞恥に顔を染め、ぱくぱくと開いた口からは言葉が紡がれない。ついにはテーブルに突っ伏してしまった。

 そんな様子に三人は楽しげに笑った。


「そういうアンヌローザだって! 釣書が山のように届いているのは知っているのよ!」


 セシリアの復活は早かった。ばっと朱に染まったままの顔を上げると、アンヌローザを指差した。その指をぎゅっと握ったアンヌローザはくすくすと肩を揺らすばかり。


「届いているけれど、どうもぱっとしないのよねぇ。キャルはどうなの? 誰かいい人はいないのかしらぁ」

「わ、私?」


 ケーキを食べようとしていたキャロラインが、ひっくり返った声を上げる。今にもガチャンと音を立てて茶器を落としてしまいそうだ。


「私は……そういうのはいいんだ。騎士団に身を捧げようと思っている」

「まだ十五歳だものね。これからいい人が出来るのかも」


 うんうんと頷いているのはセシリアだった。

 侍女がお代わりの紅茶を淹れて、また壁際へ控える。花香が一層強くなったテーブルで、セシリア達の視線はグレイシアへと向けられる。


「となると、やっぱりいま一番幸せなのがグレイシア様ね」

「結婚式では、その幸せにあやかれるかしら。素敵な出会いがあると嬉しいんだけどねぇ」

「楽しみだな、結婚式」


 三人は手元のカップを掲げて見せる。応えるようにグレイシアもそれに倣った。


「ありがとう。わたしだけじゃ決められない事も多いの。良かったら時々でも相談に乗ってくれると嬉しいわ。イルミナージュの流行も知りたいし」

「もちろん喜んで! 流行といえばね……」


 大きく頷いたセシリアが明るく話題を提供すると、アンヌローザとキャロラインがそれを盛り上げる。流行話から時にはゴシップ、愚痴や揶揄い、そしてやっぱり恋話。

 女子の話はまだまだ突きそうになかった。夕間暮れまで、もう少し。

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