幕間.女子会①

 ある晴れた日の午後。

 甘い花茶の香りがふわりと漂うのは、バイエベレンゼの辺境にあるアーベライン侯爵家のサロンである。


 猫脚も優雅な応接テーブルの上には、生クリームがふんだんにあしらわれた花を模した可愛らしいケーキだとか、金粉が落とされた艶めくチョコレートだとか、沢山のお菓子が並んでいる。

 それを囲んでいるのは、この侯爵家の令嬢であるグレイシアだけでなく、客人の令嬢方が三人。



 柔らかそうな茶色い髪が薄桃色のドレスに良く似合う、セシリア・コスモディア伯爵令嬢。にこやかで穏やかそうな雰囲気を持ちながら、その内面は気丈で意志も強い。

 纏め上げた金髪の、顔にかかる一房がその色気を強めている美女はアンヌローザ・フェンネル侯爵令嬢。その色気にも関わらず、実はまだ十七歳だという。

 ピンクの髪に青いリボンが可愛らしい、キャロライン・サザーランド伯爵令嬢。今日は騎士服を身に纏っていて、凛々しさも感じられるが、相変わらずその頬は朱に染まっている。



 今日はアーベライン侯爵家のお屋敷に、三人が遊びに来てくれたのだ。リオレイルの許可を得て転移陣を使ったようで、朝に先触れの手紙へ返事をしたと思ったら、午後にはすぐに遊びに来てくれた。


「皆さん元気そうね。遊びに来てくれて嬉しいわ」

「グレイシア様もお変わり無いようで。団長様と正式に婚約をされたんですってね」

「ええ、そうなの。イルミナージュを離れる時は急だったから、皆さんにご挨拶も出来なくてごめんなさいね」


 セシリアはカップを口元に寄せ、花茶の香りを楽しんでいる。


「いいのよ、大変だったと聞いているもの。イルミナージュも、フローライン様の件で大騒ぎになったのよ」

「エーベルハウト公爵家に遠慮していた方々も、ここぞとばかりにアメルハウザー公爵様に縁談を持ちかけるようになったのよねぇ」

「あらあら」


 くすくすと笑うアンヌローザの瞳が、楽しげに煌いている。小首を傾げるその仕草も色っぽいが、厭らしくはない。


 縁談話を聞いても、グレイシアは動揺しなくなった。それは婚約者であるという自信によるものかもしれないけれど、それよりも、その縁談を持ちかけられてリオレイルがどんな反応をしたのかが想像付くからだ。


「もちろん、公爵様は見もしないで釣書をぜぇんぶ燃やしてしまったそうよ」

「『次にこのような不愉快な事をしたら、此方もそれに相応しい対応をさせて貰う』と言っていたな」


 その場に居合わせたのだろう、キャロラインが笑う。相応しい対応って何だろうとグレイシアは思ったけれど、聞くのが正直恐ろしくて気付かない振りをした。


「フローライン様の取り巻きだった令嬢達は、皆、一様にフローライン様の悪口を言っているわ。こちらにも擦り寄ってきているけれど、信用なんて出来るわけもないし困ったものよ」


 夜会の時、演技めいたフローラインに息ぴったりだったあの令嬢方だろう。グレイシアは小さく頷くと、テーブルからチョコレートを一つ取って口に運んだ。

 苦味が強いけれど、それが美味しい。


「バイエベレンゼでも社交界は大荒れですって。アデリナ様が幽閉されて、その婚約者は兵役で僻地へ。皆、今回の事で色々噂話をしているから、わたしも暫く王都へは行かない事に決めたのよ」

「それがいい。グレイシア様が悪意に晒されると、きっとうちの団長はイルミナージュから飛んでいってしまうからな」

「それが比喩ではなくて、本当に飛んでいくのだから、愛されてるわよねぇ」


 キャロラインは真面目な顔で頷いているし、アンヌローザは相変わらず。それでもその瞳には心配するような色が浮かんでいる。



「ねぇ結婚式はいつなの? 私達も呼んで貰えるかしら」


 セシリアは切り分けられたケーキのイチゴに、フォークを刺している。切り分けたピース全てに花が飾られているのだから、侯爵家の侍女もなかなかだとグレイシアは内心で思う。


「もちろんよ。半年後なんだけれど、招待状を送るから皆さんで来て貰えると嬉しいわ」

「その時ってキャルはドレスなの? やっぱり騎士服なのかしらぁ。私は騎士姿も凛々しくて好きだけど、ドレス姿で困っているキャルも可愛らしいのよねぇ」

「な、っ! 正式な場だ、騎士団の一員として騎士服で参列させて貰う!」

 

 揶揄うようなアンヌローザだけれど、言いたい事は何となくグレイシアにも分かる。グレイシアも、キャロラインのドレス姿が可愛らしいと思っているからだ。


「あら、キャル様はわたしの結婚式に、友人ではなくて騎士団として参列するの?」

「グレイシア様! 揶揄わないでくれ! ……それは当然、友人として参列するが……」


 笑み交じりにグレイシアが声を掛けると、キャロラインの顔が真っ赤に染まった。それを見たセシリアとアンヌローザも笑い始める。

 サロンは穏やかな明るい雰囲気で満ちていた。

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