20.友人

「公共の場で何してるんだか、アンタ達は」


 流石に注目を集めすぎたと、リオレイルがグレイシアを伴って壁際へと寄った時だった。話しかけるタイミングを見計らっているのか、周囲の貴族方や令嬢方は遠巻きにこちらを眺めるばかり。

 そんな時に話しかけてきたのは、ブラックタイをしっかりと締めたアウグストだった。呆れたように溜息までついている。


「何を、とは?」

「いちゃついてるようにしか見えなかったっつーの。はじめまして、俺は第一騎士団副団長のアウグスト・サザーランドと申します、どうぞお見知りおきを」


 胸に手を当て一礼するアウグストに、グレイシアも膝を折って礼を返す。


「グレイシア・アーベラインと申します」

「副団長なんて在りますが、リオレイルとは入団した時からの悪友でね。お姫さんも気安くしてくれると有難い」

「ありがとうございます、どうぞ宜しくお願い致します。……ですが、わたくしは姫ではございませんのよ?」

「こいつの言う事は気にしなくていい」


 笑み交じりにグレイシアが言葉を返すと、リオレイルの言葉が降ってくる。その声色はどこか呆れたようなものだったが、それを向けられているアウグストは気にしないようで楽しそうだ。


「団長、副団長……少しいいですか」


 騎士団の制服を来た男が一人、そっと近付いてきた。


「グレイシア、すまないが少し外す。すぐそこにいるが、君はここから動かないように」

「わたくしなら大丈夫ですわ。行ってらっしゃいませ」


 心配そうに一瞬眉を顰めるリオレイルはグレイシアより離れて、騎士とアウグストと共に、柱と柱の間に掛けられた臙脂色をしたカーテンの間に身を隠した。ビロードで作られた優美なドレープにその姿は殆ど見えないが、リオレイルがこちらに意識を向けているのは分かる。


 リオレイル達がグレイシアから離れると、周囲で様子を伺っていた令息令嬢が一斉に集まってきた。その勢いにグレイシアは目を瞬くも、すぐに淑女の微笑を浮かべて見せる。

 バイエベレンゼの夜会でも似たようなことはあったのだから、同じようにふるまえば問題ないだろう。


「まるで月の女神のような美しさですね、よかったら私とダンスを……!」

「いや、ダンスなら是非僕と! ゆっくりお話がしたいのです!」

「殿方よりもわたくし達とお話しませんか? アメルハウザー公爵もいらっしゃるのでしょうし……」


 取り囲まれるように話しかけられると、誰が話しているのかも分からない。グレイシアは曖昧に微笑みながら、リオレイルが戻るのを待つつもりだった。

 声を掛けてくれている人々は純粋な好意だけではなく、物珍しさやリオレイルとの繋がりを求めているのも在るのだろう。


(これは……リオレイル様がすぐお帰りになるのも頷けるわ)


 扇で口元を隠しながら漏れ出でそうになる溜息を押し隠していると、人壁の中から三人の令嬢が進み出てきた。


「わたくし達とお話致しましょう。わたくしの父は騎士団におりますの。わたくし達と一緒の方が団長様もご安心されるかと……」


 声の主は艶やかな茶色い髪をふんわりと巻いた、穏やかそうな令嬢だった。にこにこと笑っているけれど、その声には周囲を牽制するだけの響きがある。

 ふと視線を感じてリオレイル達のいる柱の方を伺うと、リオレイルがこちらを見て小さく頷いたのが見えた。


「そうなのですね、是非ご一緒させて下さいませ」


 にっこりと笑ってその令嬢に頷くと、グレイシアは人壁の中を令嬢方に守られるよう囲まれながら抜け出した。抜ける際に知らない男性に背中を撫でられ鳥肌が立ったが、一瞬広間の温度が下がったような気がする。



 人壁の中を抜け出したグレイシア達は、広間の端に誂えられた丸テーブルを囲んでいた。


「急にお声掛けをして失礼しました。お困りのようでしたので、差し出がましいかとは思ったのですが……」

「そんな事はありませんわ。連れ出して頂けて助かりました」


 グレイシアの言葉に、最初に声を掛けてくれた令嬢が安心したように笑みを浮かべる。先程よりも柔らかい表情に、思わずグレイシアも笑みを深める。


「わたくしはセシリアと申します。コスモディア伯爵の娘ですわ。父は第一騎士団におります」

「わたくしはアンヌローザ。フェンネル侯爵の娘ですわ」

「わたし……じゃない、わたくしは……キャロライン・サザーランド、です」


 茶色い髪の柔らかそうな笑顔の美少女が、セシリア・コスモディア伯爵令嬢。

 金髪を緩く巻いて背に流す、ちょっときつめの美人がアンヌローザ・フェンネル侯爵令嬢。

 ストロベリーブロンドに大きな青いリボンを飾った、つりめがちの幼い美少女がキャロライン・サザーランド嬢……サザーランド?


「キャロラインは伯爵令嬢で、サザーランド副団長の娘なんですのよ」

「そうだったのですね。わたくしはグレイシア・アーベラインと申します」


 セシリアの言葉に納得したように頷くと、グレイシアは三人に視線を流しつつにっこりと挨拶をした。セシリアとアンヌローザは会釈をしてくれるも、キャロラインは顔を真っ赤にしたままグレイシアを睨んでいる。


(わたしの事がお気に召さないようだけれど……体調でも悪いのかしら)


「わたくし達の事はどうぞ名前でお呼びになって。わたくし達もグレイシア様とお呼びしたいから」

「ありがとうございます、セシリア様。では遠慮なく。……キャロライン様はお顔が随分と赤いですが、お体が優れないのでは? 大丈夫ですか」

「なっ、わたし、わたくしは平気ですわ! あなたに心配されることなんて、な、なくってよ!」


 やはり嫌われている。

 アウグストはリオレイルと友人だと言っていた。そのご令嬢に嫌われるのは悲しい事だったけれど、こればかりは仕方がない。


「お気を悪くしないでねぇ。キャルは公爵様が大好きなの。グレイシア様にやきもちを妬いているのよ」

「やきもち、ですか」


 クスクスと笑うアンヌローザはひどく色っぽい。思わず見とれそうになるも、その言葉に意識を引き留めた。

 やきもちを妬かれるような事はないのだけれど、やはり好きな人の隣によく知らない女が立つのは気持ちの良いものではないだろう。だが謝るのも違う気がした。


「噛み付いてやろうと思ったのに、余りにもグレイシア様が美しいから一目惚れしちゃったのよね」


 一目惚れ。

 給仕係から人数分の飲み物を受け取るセシリア様は、相変わらずにこにことしながら言葉を落とす。


「セ、セ、セシリアっ!」


 キャロラインは耳まで真っ赤にしながらも、セシリアの言葉を否定はしない。

 アンヌローザはグレイシアを見て、『ほらね』と唇だけ動かすと、艶めしく片目を閉じて見せた。


「ふふ、キャロライン様。ありがとうございます」

「な、お礼なんて、っ!……キャルと呼んでよくってよ。あなたはわたくしの名前、ちゃんと呼べないかもしれないから」


 ツン、とそっぽを向きながらも愛称呼びを許してくれる。その様子にセシリアもアンヌローザも可笑しそうに肩を揺らした。


「アーベライン侯爵令嬢、ちょっといいかしら」


 柔らかな雰囲気は、その棘を隠そうともしない鋭い声で終わりを告げた。悪意がその声には、はっきりと乗せられていた。

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