13.剣
次の日も、グレイシアは朝から“穢れ”を祓っていた。無理はしないようにと、出仕する前のリオレイルに釘をさされたし、メイサにも口を酸っぱくして言われている。メイサにしてみたら“穢れ”に手を伸ばした昨日の光景が、大丈夫だと分かっていても恐ろしいようだった。
今日はメイサと庭師長だけではなく、リヒトもグレイシアについて歩いている。“穢れ”を祓う様子に興味があるようだっただが、やはりリヒトもグレイシアに『無理をしないように』と言い聞かせるのだった。
午後からはリヒトに魔法について教えて貰っている。
バイエベレンゼで産まれた人間は魔法を使えない。使えるのは異国から移住してきた人や、冒険者ばかりだった。輸入される魔道具は広く普及しているので生活はとても便利なものだったが、イルミナージュに来てみて本当の便利さをグレイシアは知った。
火を起こすのも水を出すのも、暗くなってからの明かりだって全て魔法。指一本で済んでしまうのだから。
自分の知らない事を学んでいくのはとても楽しい。
十五歳から十七歳まで女子学園にも通ったけれど、楽しい思い出ばかりだ。男女共に通う学園に進んだ友人の話も聞いて、楽しそうだと思う半面、やはり色恋沙汰は面倒だとも思う。騎士学園に進んだ次兄は生き生きとしていたのを思い出す。
ここ、イルミナージュでは魔法学園もあるそうだ。魔力の制御を覚える為にも、魔力を持つ者は貴族だけでなく庶民も学校に通わなければならない。いまの国王陛下の治世になってから教育の水準が格段に上がったらしい。それはとても素晴らしい事だとグレイシアは思う。
リオレイルは比類なき魔力を持つために、僅か十歳で魔法学園に入学したそうだ。飛び級を重ね、二年で魔法学園を卒業すると次は騎士学園へ進み、また飛び級で十四歳で卒業。そのまま騎士団に入団すると武功を重ねて十八歳で第一騎士団の団長に就任。成人になった事もあり、その時にアメルハウザー公爵の位を継いだという……間違いなく天才でエリートだ。
話してくれるリヒトも誇らしげで、いつもより雄弁に語ってくれる。団長に就任して四年。イルミナージュの剣であり、盾でもあるという彼の武勇はバイエベレンゼにも伝わってきている。
そんなリオレイルに、グレイシアが出来る事は少ないだろうが、それでも何かしたいと思っていた。
リオレイルはグレイシアの心を、救ってくれたのだから。
「グレイシア様! お待たせしました!」
満面の笑みのセレナが公爵家に飛び込んできたのは、次の日の午後のことだった。しっかりとグレイシアの剣を抱きかかえている。それを受け取るとグレイシアは安心したように小さく息をついた。
ずっとこの剣と一緒だった。十二歳で初めて剣を握ってからずっと。細身だけれどずしりと重い。鞘に繊細な装飾と紫の宝石が飾られているのは、グレイシアの母の趣味だ。
「ありがとう、セレナ。遠かったでしょう」
「いいえ、国境までは転移でぱぱっと! それにイルミナージュの馬が速いのは、グレイシア様も知っているでしょ?」
「そうだったわね。お父様もお母様もお元気だった?」
「はい! グレイシア様の事を心配していましたよ。娘をよろしく、だなんて言われちゃいました」
セレナは思い出すように視線を宙にやり、ほう……と息を零す。
「侯爵様も素敵でしたが、侯爵夫人のお綺麗なこと……。グレイシア様はご夫人によく似てるんですね」
「そう言われると恥ずかしいけれど、嬉しいわね。わたしの髪はお母様、瞳はお父様と一緒なのよ」
数日離れただけなのに、家族が恋しいのは仕方のないことだと思う。それでも帰るわけにはいかないし、ここでの生活も楽しいのだからいつかこの寂しさにも慣れるだろう。
話が落ち着いたのを見計らって、リヒトが一歩前に出た。
「グレイシア様、セレナ様もいらっしゃっていることですし、鍛錬にお付き合いして頂きますか? 修練場へご案内致しますが」
「セレナが構わないのならお願いしたいのだけど……どうかしら」
「私なら喜んでお相手します!」
セレナは明るく応えてくれる。そのやり取りに、今度はメイサが近付いて来た。
「ではお召し替えを致しましょう」
「このままでいいわ」
グレイシアの言葉にメイサだけではなく、リヒトもセレナも目を丸くした。グレイシアの今の姿は普段着用とはいえドレスなのだから。
今日のドレスは淡藤色。手首までの袖はそこでふわりと広がり、膝下までの裾は白く美しいレースで縁取られている。首元は鎖骨下まで四角く開き、そこにも同じレースがふんだんに使われている。腰元はきゅっと引き絞られ、同じ布地のリボンが結ばれていて可愛らしい。
「いつも鍛錬はドレスなの。普段と同じ姿じゃないと、いざ剣を握る時に着替えている時間なんてないでしょう。汚さないように気をつけるわ」
「で、では……せめて御髪を纏めても?」
納得したような、していないようなメイサが、おずおずと問いかける。今日はハーフアップにして長い髪が殆ど背に流れているから心配しているのだろう。
「ええ、髪は纏めてくれる?」
グレイシアが頷くとほっとしたように表情を和らげた。
リヒトとセレナはまだ驚いたようにグレイシアを見つめている。心配なのだろう。相手は現役の騎士なのだから。
「そんな顔しないで。でもそうね……今日は木剣を貸してもらえる?」
「かしこまりました」
リヒトははっとしたように眼鏡を指先で直してから一礼すると、準備の為か先に修練場へ向かっていった。グレイシアもメイサに髪を纏めて貰ってから、セレナと共に修練場へと足を進めたのだった。
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