第2話妹だってTUEEEしたい

 阿智と由似に恥ずかしい自作がばれた翌日、俺は登校にとてつもなく緊張していた。

 なんならURLが黒板に書かれてるまであり得ると、最悪の事態を想定していた。


 登校中、気が重い俺に里奈が気遣いをしてくる。


「お兄ちゃん、なんか元気ないですねえ……今朝の私の手料理、美味しくなかったですか?」


 今朝の朝食は妹が担当だった、最悪の事態を想定していたので食事の味は無味無臭にしか感じられなかった。


「いや、美味しかったよ……」


 今日に限って処方されているフルニトラゼパムがあまり効果を発揮せず、残念なことに頭がスッキリしていた。

 今日はぼんやりとしていたいんだがなぁ……


「まったく……しょうがないですねぇ」


 そう言うと里奈が俺の腕に飛びついて腕を絡めてくる、黒髪にシャンプーの香りで頭がぼんやりする。

「ほらほら、お兄ちゃんがぼうっとしてるともっとすごいことしちゃいますよ!」

 里奈が俺の腕を胸に押しつけてくる、流石にそっちに気を取られた。


「勘弁してくれ、シスコンってただでさえ言われてるのにもっと言われるだろうが」


「お兄ちゃんが妹を軽く扱うのが悪いんですよーだ」


「あ、須藤さん、おはよう」


 さくらd……もとい阿智が俺たちと出会う。

 もう学校が近いので生徒もちらほらいる。


「あの……流石にここでイチャつくのはどうかと思うよ?」


「ち、違うわ! たまたまだよ! たまたま!」


「私は全然おっけーですよ?」


「ちょっと黙っとこうか!」


 俺たちがやいのやいのと言っている間に校舎に着いた、一年は一階、二年は二階なのでここで二人と別れる。


 教室に入ると心配していたような事はなく俺に触れる人はいなかった。


 ホッと一呼吸して隣の席の由似を見る。

「信用ないなぁ…… 私だって秘密はちゃんと守るよ?」


「人の口に戸は立てられぬって言うからな」


「心配性だなぁ……」


「ところで……昨日の更新面白かったよ!」


「マジか……ヤンデレって大分ニッチな属性だと思ったんだが」


「私も俺TUEEEモノ書いてるしね、意味もなくモテるのは基本じゃない?」


 そうだろうか? 確かに意味もなく褒められまくってる作品は多いが……


 それでも、そういうのが人気を博しているのは知っている、だが俺の作品のメインヒロインは妹オンリー、ハーレム展開になどならない。


「妹がお兄ちゃんとの会話をエアプしてるところとかヤンデレ感あってよかったよ」


 ちなみに由似は投稿サイトのランカーである。

 ランカーに褒められたことで、俺は少し自信が出てきた。


「でもアレ妹ちゃんに読ませないようにね」


「アレを読まれたらいろいろヤバいのは分かってるよ」


「本当に分かってるのかなぁ……」


 訝しげな由似を置いておいて俺は席に着いた。

 そしてメモを取る、なにがネタになるか分からないのでインプットは大事にしている。


 メモと言っても手帳ではない、俺はスマホのOneNoteを使用している。

 月額課金が厳しいがそれはしょうがないだろう。


 この学校には文学部というものがある、しかし俺も由似も入っていない、勧誘されたこともあるが俺はWEBでしか発表する気がないと言うことで断った。


「実は私も家族にばれるとヤバいんだよねー、御高尚な文章以外認めないって親だからさ……」


「ままならないな……」

「人生なんてそんなもんだよ」


 俺は頓服のレキソタンを飲んで意識を濁らせる。

 レキソタンがあまりそっち方向の効果がないのは分かっているが心労は多少回復する。


「ねえ?」

 由似が聞いてくる。

「そういうの飲んだら文章がよくなるの?」

「まさか、そんな魔法みたいなもんは無いさ、ただ不安に効くってだけだよ、酷い感想が寄せられたときくらいには使えるんじゃないか?」


「明らかに薬だけどどこで手に入れたの?」


「大丈夫、ちゃんとした処方品だよ。精神科に行かなくても内科あたりで結構出るんだ……副作用も知らせずにな……」


「副作用あるの!? やめた方がいいよ」


「分かっちゃいるんだがなあ……どうにも日に二錠も飲んでるとなれちゃってな……」


「っていうか内科で出るの? 精神科で出すべきじゃない?」


「保険診療のダークサイドだな、どうせ保険がきくなら自分とこで出せってやつだろ」


「闇が深いですねえ……」


 つまらない話はおいといて授業が始まった、教科書通りのことをやるだけなので仏にやってれば大丈夫。


 ツンツンと肩をつつかれた、隣の由似が「妹さんにはそういうのないしょにしときなよ?」と警告してくれた、もっともな意見だ。


 ――昼休み


「お兄ちゃん! お昼ご飯持ってきましたよ!」


 ウチの料理は里奈が担当している、弁当まで対応しくれている、一度コンビニででも買っていくからいいよと言ったらマジ泣きされたのでおとなしくお世話になっている。


「私も一緒でいいのかなぁ……」

 そう言う阿智だがもう何度目かになるのも忘れたほど一緒に昼ご飯を食べている、なにを今更と思うのだが、クセにでもなっているのだろう。


「里奈ちゃん! ちょっとわけて」


 里奈は露骨に嫌な顔をする。


「ええ……由似さんはお兄ちゃんと同じクラスなんですから、少しくらいお兄ちゃんを我慢してくれません?」


 由似は心外だという感じだ。


「私と燕は何の関係もない! むしろ里奈ちゃんと関わりたいんだけど?」


 いやいやながらも大きな弁当箱を机をそろえて広げる。


 なんだかんだちゃんと四人くらい食べても十分な量があるあたり本気で嫌なわけではないのだろう。


 卵焼きや大学芋をつつきながら世間話をする。

「ところで由似先輩、お兄ちゃんの秘密って何か知ってません?」


 妹特有の第六感だろうか、きっちり隠しごとが何かは分からなくても何か隠していると言うことには気付いたらしい。


「うーん、特にないよ、あえて言うなら私が小説を書いてるって伝えたことかな?」


 嘘ではない、俺も書いてるという点を無視すれば一応本当のことではある。


「お兄ちゃん? ホントですか?」

 言っていることに嘘はないので肯定しておく。


「ああ、確かにそうだよ、感想を聞かれたくらいかな?」


「ふむ……嘘をついてる風はないですね。私にもその小説を教えてくれませんか?」


 由似は恥ずかしそうにURLを里奈に送る。

 里奈はそれをまじまじと読んでいる。


「こういうのがお兄ちゃんの好みなんですかね?」


「物語は物語、リアルはリアル。俺は割り切ってるぞ」

 里奈は一応は納得したのか、俺がハーレム最高とは思っていないと理解したようだ。


「ところで由似先輩、この小説に妹が出てきませんね?」


「そりゃまあ異世界だからね、妹連れてきたらおかしいでしょ?」


 異世界転生で妹を連れてこようとすれば展開に多少無理が出る、その辺は転生モノなら割り切るしかない。


「私は妹を出すべきだと思いますね! 是非そうしましょう!」


 由似も困ったような顔をする。


「いや、流石に突然妹が降って湧くような展開はちょっと……」


「でも……」


 ――キーンコーンカーンコーン

 おっと昼休みももう終わりだ。


「ほら、教室戻れよ」


 里奈は後ろ髪を引かれるように阿智に腕を引かれていった。


 そうして午後の授業も終わり放課後……


 隣の由似が話しかけてきた。


「あなたも作品取り下げる気はないんだろうけど、妹さんには気をつけてね。ばれたらめっちゃ調子乗りそうだしね」


「肝に銘じておくよ、つってもAWSでドメイン取ってるからGoogle検索にも上位ページに引っかかんないし大丈夫とは思うけど……」


「弱小なら無料枠で足りるでしょうね」

「本当だけど言って良いことと悪いことがあるぞ!」


 俺は事実を指摘され泣きそうだった。

 そりゃあ初年度無料の枠で十分足りるけどさあ……


「お兄ちゃん! 一緒に帰ろ!」

 いつの間にか俺たちのクラスに来ていた里奈が俺に飛びつく。


「分かった分かった、帰るか」


 そうして俺たちがスキンシップをしていると由似がつぶやいた。


「そういうとこだぞ」


 その言葉が里奈に届くことはなかった。


 帰宅後、AWSのコンソールにログインする、メールアドレスを入れて、パスワードを入れて、多要素認証のスマホに映っているワンタイムパスワードを入力する。


 ふむ……

 悲しいほどにリソースを消費していなかった……


 いくら文字だけだからってこの仕打ちとは……


 とはいえGoogleに拾われないというのは非常に大きいのだろう。

 Google検索の上位に出てくるのはSEO(サーチエンジン最適化)に心血を注いだページばかりがヒットする。

 由似のように投稿サイトを利用すればそれなりに引っかかるのかもしれないが、自由が欲しいのでクラウドにホスティングしている。


 実のところ投稿サイトにアップしたところその日のうちに運営から警告が来たのでこっちに逃げたというわけだ。

 要するに「無法地帯バンザイ」ということだ。


 ここに書いているは趣味全開なのでレーティングの存在しないクラウドは非常に都合がよかった。


 ええと「妹はお兄ちゃんに抱きつき口を……」

「お兄ちゃん! 何やってるんですか?」


「うぇへえうぇ!」


 あまりにも突然の来訪に声にならない声が出た。

 俺は慌ててスクリーンロックをかけ妹の方を向く。


「なんだよいきなり!」


 俺が里奈に言う。


「いえ、お兄ちゃんが何をしてるのかなーと思いまして」


 コイツエスパーなんじゃないだろうか?

 あまりにも間がよすぎる……怖い……


「それはさておき」

「さておくのか……」


 一緒にこれを読もうと思いまして。


 里奈の持っているタブレットには「異世界勇者は圧倒的強さで世界を征服しようと思います」が映っていた。


 さて、俺はもう最新まで読んだわけだが……ここで断ると今書いていたモノについて問い詰められかねない……であれば、乗るしかないこのビッグウェーブに!


 俺たちは二人で一つのiPadをのぞき込む。

 主人公が活躍し、無自覚に強い敵をどんどん倒していく話だ。

 ストレス発散には丁度いい話だ。


 物語は中ボスとの戦いに入ったところまでで現在掲載されていた。

 由似ならちゃんと書くだろう、だから俺はそのブラウザのブックマークを押しておいた。


「お兄ちゃん、ブックマークするんですか?」

「俺はちゃんと終わりそうな作品ならブックマークしてるぞ」


「じゃあ私が書いてもちゃんとしてればブックマークしてくれるんですか?」

「ああ、するからエタるなよ」


「はーい!」


「じゃあお兄ちゃん、私にも創作意欲が湧いてきましたので部屋へ帰りますね!」


「おう、期待はしてるぞ」


「はいっ!」


 里奈はいい返事をして部屋を出て行った。


 俺は本文は書けたのでスタイルシートを修正してクラウドにデプロイしておいた。

そうして俺はフルニトラゼパムを口に入れてかみ砕き水で飲み下した。

 ベッドへ飛び込むと記憶がぼんやりと薄れていった。


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