お兄ちゃんはWEBで小説を書くようです

スカイレイク

第1話兄はサーバ管理者

――一話――

 カタカタカタ……トン

 俺はPCの前で一息つき書き上がった記事に満足する。

 エンターキーを押す音が無音の部屋に響く。

 俺は須藤(すどう)燕(つばめ)


 俺はWEB小説を書いている、とは言っても投稿サイトじゃない、クラウドを借りてWEBサイトをホスティングしている。


 今日の分が終わり、flaskを再起動して反映は終わりだ……

「ふぅ……今日のは大分長かったな、流石に疲れた」

 ――

「お兄ちゃん! 一緒に遊びましょう!」


 妹の里奈が部屋に飛び込んでくる、ちなみに今は午後十時だ。


「お前なぁ……何時だと思ってんだよ? もう寝る時間だよ」


「お兄ちゃん、最近構ってくれないじゃないですか!「


「最近忙しいんだよ」


「そのflaskでなに公開してるんです? それが妹より優先することだと?」


 勘がいい、flask使用と見抜いたのは驚いたがアップロードが終わった時点でPCにはスクリーンロックがかけてある、「何か」はばれないはずだ。


「ほらほら、もう眠いから寝るぞ」


「まだ十時ですよ?」


「頭を使うと疲れるんだよ……」


「はぁ……まあしょうがないですね、じゃあ帰りますけど、お兄ちゃんもほどほどにしてくださいよ」


「善処するよ」


 俺はそうして、スマホで自作小説のAWSへの投稿が反映されていることを確認してフルニトラゼパムを二錠口の中に放り込んで眠りについた。


 ――ジリリリ

 やかましい目覚ましの音が部屋に響く。


 昨日飲んだフルニトラゼパムがまだ眠気を残していた。


「ふぁぁ……処方されたとはいえやっぱキツいな……」


 日本の保険制度の薬物処方の適当さを感じ入りながら眠気を覚ますためにコーヒーを飲む。


 ドリップしたコーヒーをブラックで胃に流し込む、多分胃にはよろしくないのだろうがこれが一番目が覚める。


 合法に目を覚ます方法としてはこれが一番だ、以前カフェインの錠剤で目を覚まそうとしたことがあったが、クソみたいな気分になり、ゲロを吐きそうになったのでアレには苦手意識がある。


「お兄ちゃん……そんな生活してたら死にますよ?」


 里奈がそう話しかけてくるが、実際眠いものはしょうがない。


「人間どうやっても死ぬモノだろ?」


「そういうことを言ってるんではなく死に急ぐのがどうかと思うのですが……」


「一応ちゃんと処方されたモノだからな、保険がきくモノを用法用量を守って使ってれば大丈夫だろ」


 不眠症の診断が降りて久しい、諸外国では睡眠薬の処方は短期で済ませるらしいが余所葉余所、ウチはウチ。というわけで郷に入れば郷に従え、遠慮なく睡眠薬を処方通り使用している。


 俺はスマホでAWSのアクセスログを見る、機能に比べて伸びているのを見て安心する。


 よしよし。

 ホスティングでWEB小説を公開している身としてはアクセス数がほぼ全てだと言っていい。つまりアクセス数が増えたと言うことは俺の方針は正しかったと言うことだ。


 一応いっちょまえにflaskで作ったのでメールフォームもおまけに実装しているが、コイツからメールが届いたことはない、残念だが理解されないのはしょうがないだろう。


「はぁ……お兄ちゃん、朝ご飯ですよ」


 テーブルにはトーストがおかれている、朝に重いものを食べると胃にキツいので助かる。


 バターを塗っているところで妹が聞いてくる。


「お兄ちゃん、AWSでなにを公開してるんですか?」


「へぇっ!」


「驚かないでくださいよ、我が家のプロキシは私が管理してるんですよ? お兄ちゃんがAWSと通信してるのだって筒抜けですよ?」


 何と言うことだ……秘密にしていた趣味が……


「まあどうせWordPressでアフィとかでしょうけどヘイト買わない程度にしておいてくださいね、コピペブログとかやると謙虚なナイトのフラッシュよりヘイト稼ぎますから」


 俺は一安心した、どうやら通信内容にまでは監視が行き届いていないらしい、さすがSSLだ。

「安心しろ、ヘイトを稼ぐような内容じゃないから」


「ふ~ん……」


 里奈はどこか探るようなめをしつつ納得はしてくれた。


 俺は食器を洗って立てかけると制服に着替えることにした。

 部屋に戻って制服に着替えるときPCがちゃんとシャットダウンされているか確認しておく、誰かに見られないためのルーティンとかしている作業だ。


 ディスプレイが真っ暗でキーボードを叩いても反応しないのを確認してから部屋を出る。

 俺が書いているのは退廃的な妹モノ、妹に見られるわけには行かないのでこうした日々のセキュリティは大事だ。


 部屋を出たところで里奈と鉢合わせる。


「ひゃ! お兄ちゃん……急に出てこないでくださいよ!」

「悪い……ってなんで俺の部屋のドアに張り付いてたんだ?」


 里奈はばつが悪そうに言う。

「いや……その……お兄ちゃんが無駄遣いしてないかなあと……」

「必要ないときはインスタンス止めてるから安心しろ」


「ちなみにどんなモノをアップロードしているのでしょう?」

 ズバリ聞いてくるので俺は少したじろぐ。

「いいだろ、別にwikileaksみたいな危ない橋は渡ってないよ」

「比較対象がおかしい気もするのですが……」


「いってきまーす」

「いってきます」


 そう言って俺たちは家を出る。

 年子なので俺が高校2年、妹が高校1年で同じ学校に通っている。


「やっほー! 燕と里奈じゃん」


 少女とも少年ともつかない体型の子が話しかけてくる。

 かろうじてズボンをはいていることから男と分かる。


「おはよ阿智(あち)、私はともかく付き合う人を選んだ方がいいですよ?」


 しれっと俺の評価を下げる里奈。


「桜田、しれっと俺の評価を下げるのはやめろ」


 こいつは桜田阿智、所謂男の娘というやつだろうか。


「もう! 阿智って呼んでよ! 燕は堅いなあ」

「同い年なら名字で呼ぶようにしてんだよ」


 そうしてつまらないやりとりをしながら教室前で別れる。

 その日の授業は退屈なモノだった、線形代数を高校課程に入れなくなったのは正気とは思えない、まあおかげさで楽ができるわけだが……


「ねえ、相変わらずAWSで公開してんの?」


 俺の友人の増田(ますだ)由似(ゆに)が話しかけてくる。

 コイツは俺と一緒で同人小説を公開している。

 とは言ってもコイツは投稿サイト「目指せ書籍化!」を使用しているので、俺のようなクラウドサービスをつかって、自前の環境で公開しているやつとは気が合わないようだ。


「ああ、そんなにアクセスも無いしな、flaskで投稿システム作ったし結構楽しいぞ?」


 由似は納得しない感じで投稿サイトの良さを語ってくる。


「ポイントシステムとか実装してないんでしょ? よくモチベーション保てるね?」


 ポイントシステム、多くの投稿サイトがブックマーク等でポイントを得てそれを競わせるような形になっている。


「俺は待ったり行けばいいかなあ……」


 由似はやれやれと言った風に首を振り言う。


「あんたホントメンタル強いわね……反応ろくにないでしょ? どこからやる気出してるのよ……」


 理解できないものを見る目で俺を見てくる由似、とはいえもうこのやりとりも何度したか分からない。


「それはともかく……私の「異世界勇者は圧倒的強さで世界を征服しようと思います」がついに100ポイント突破したわよ」


「すごいじゃん」


 100ポイントはサイト内での上澄みの方に入る、投稿サイトでは圧倒的に0ポイントの作品が多い。

「いい加減君の公開してる小説見せてくれない? 一方的に見せるのは不公平だと思うけど?」


 俺は一つため息をつきリンクを由似のスマホに送る。


「ほうほう……どれどれ」


 じっくり俺の書いた小説を読まれている、とんだ羞恥プレイだ。


「面白かったよ」

「え?」


「まだ3話だけどね、もっとアップロードしてけばいいんじゃない? 私は読むよ」

「う……その……ありがと」

「まあそれにしてもタイトルが『ヤンデレ妹は恋をしたい』なのはどーかとおもうけどねー。ま、妹さんには黙っとくよ」


「助かる」


 このタイトルを妹にばれるわけには絶対にいかない。

 内容もヤンデレ妹モノなのでリアル妹持ちが妹に見られたらドン引き必至だ。


 ふふふ、と由似は笑って言った。

「じゃあ私がファン一号だね!」

「そうなるのかな?」


 最近のアクセス解析ではそれほどリピート率は高くなかった、詰まるところ実質ファン一号はコイツになる。

 俺は嬉しい気分を表に出さず控えめに答える。

「まあ期待に添えられるように頑張るよ」


 由似はしっかり自作の宣伝も欠かさない。

「私の『異世界勇者』もよろしくね!」


「はいはい」

そう軽口を叩いて俺たちは勉強に戻った。

 現代文は理系の大半があまりやる気はないが、一応アマチュアとはいえモノを書いている以上真面目に受けておくべきだろう。

 歴史もどこにネタにできるものがあるか分からない、勉強は基礎中の基礎になってくれる。


 そうして放課後――

「ねえ燕、私は図書室でネタ探しするけど一緒に来ない?」

 由似は熱心に書いているのでネタ探しには熱心だ。

 異世界で俺TUEEEするなら現代知識は勉強しておくと引き出しが多くなってたすかる。

 一方、俺の妹小説の方は完全に妄想でできあがっているので資料探しは特に必要がなかった。

「俺はいいや」

 俺が断ると由似がニヤニヤしながら言ってくる。

「そーだよねー、リアル妹がいるもんねー、いまさらフィクションとか要らないよね」


「な……違うぞ! 俺と里奈とはそういう関係じゃ……」

「私がどうかしましたかお兄ちゃん?」


 俺が突然の声に驚いて飛び退くと里奈が後ろに立っていた。

 後ろに控えめに阿智もいる。


「さあて、帰るかな」

「お兄ちゃん話をそらしましたね……」

「わかりやすいなあ……」


 そういう二人の声を無視して俺達三人は帰宅の途についた。

 途中で阿智と別れ二人で帰っていく。


玄関の前についたところで……

 「ああお兄ちゃん、そう言えば……」

「ん? なんだ?」


 里奈はどこか言いづらそうに言う。


「いえ、阿智ちゃんから手紙を預かってまして」

「手紙?」


 今時手紙とはローテクな、一応阿智とは妹含めグループトークに登録している、わざわざ手紙を使う用事はないはずだが……

 ラブレター……ないな、アイツ男だし。

 じゃあなんだろう?


 おれは手紙を受け取り玄関を開ける。

 特にお帰りという声が帰ってくるわけでもないが「ただいま」というのは欠かさない。

 気持ちの問題なのは分かってる、まあ人間合理的には割り切れないものだ。


 そうして俺は制服を脱ぎに部屋に戻る。

 制服を脱ぎ、部屋着に着替えて机の上の手紙を見る、しっかりと両面テープで封印がしてある。

 一体なにが書いてあるんだろうか?


 俺ははさみで封筒の一方を切り中身を取り出して読む。


『突然のお手紙ごめんなさい、これお兄さんの書いた小説ですよね? 面白かったです

 https://xxxxxxxxxxxxxxxxxxxx.xxxx

P.S

 里奈ちゃんには言わないので安心してください』

 ぎゃー!

 俺は思わず平静を失った、え? なに? 阿智にまでバレてんの? ヤバくない?


 そうして俺のささやかな趣味は妹以外にあっという間にバレたのだった。


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