DARK BLUE

オブリガート

前編

 たくさんの生徒達で和気あいあいとするいつもの通学路。


 彼女の後ろ姿を見つけ、僕は胸を高鳴らせる。


 重そうなスクールバッグを華奢な肩に何度も掛け直しながら、懸命に坂を上る姿がいじらしい。


「おはよ」


 小走りで彼女に駆け寄り、背中をツンと小突く。


 振り返った彼女の髪がふわりと揺れ、甘い香りが鼻腔を擽る。


「あ…おはよう藍斗あいとくん」


 零れ落ちそうな大きな瞳を細め、彼女は天使のように微笑む。


 隣りのクラスの真白ましろ。中二の頃から付き合っている、僕の彼女。


 その名の通り、日焼けを知らない色白の肌。そして誰よりも純粋で、ちょっと危なっかしい所がある。


「あの…昨日は返信できなくてごめんね。中々宿題終わらなくて」


「ううん、気にしなくていいよ。それよりさ、来週は真白の誕生日だね。プレゼント、何が欲しい?」


「うーん…」


 しばし考えこんだ後、真白ははにかんだ笑顔で答える。


「藍斗くんのくれるものだったら、なんでも嬉しい…かな」


「オッケー。じゃあ、楽しみにしててね」


 僕はさりげなく真白の手を取り、指を絡ませた。






 昼休み。


 購買で買ったハンバーガーを手に、真白のクラスへ向かう。


 クラスは別々だけど、昼食はいつも一緒に食べている。


 だが教室を覗くと、なぜか今日は真白の姿が見当たらない。


 いつもはお弁当を膝に乗せながら席に座って待っているはずなのに。


 どうしたんだろう。


 教室の前でしばらく待ってみたが、彼女は中々戻ってこない。


 なんだか嫌な予感がした。


 生徒達を掻き分けながら、廊下を行ったり来たりして彼女を探す。


 すると階段の下から、彼女の弱々しい微かな声と、高圧的な男の声が聞こえた。


 踊り場で、真白が茶髪の男子に壁ドンをされて迫られている。


「いいか。覚えとけよ?」


 真白は両目に涙を浮かべ、何も言えずに震えていた。


「おい、何してるんだ?」


 声を掛けるとその男子はチッと舌打ちし、逃げるように階段を駆け下りていった。


「真白、大丈夫?あの男子に何言われたの?」


 真白はぎこちない笑みを浮かべ、


「……ううん、大丈夫。別に大したことじゃないから」


 どう見ても、大丈夫って顔じゃない。明らかに強がってる。


「真白。何か抱えてることがあるなら話してくれないかな」


 小刻みに震える真白の手をぎゅっと握りしめる。


 真白は僕を見上げ、また両目に涙を溜める。


「さっきの不良みたいなヤツ、誰なの?」


「……同じクラスの蒼介そうすけくん。先週転校してきたばかりなの」


 転校生?そう言えばクラスの連中がそんなことを話していたような…。


「さっき脅されてるみたいだったけど、まさかカツアゲとか…?」


 真白は内気で大人しいから、不良に目を付けられても不思議じゃない。 


 だが真白はそれ以上は語ろうとせず、


「心配しないで…。私なら大丈夫だから」


 と、あくまでも気丈に振舞ってみせるのだった。




 真白の誕生日プレゼントはクマのぬいぐるみに決めた。


 当日は水曜日だったので、朝のホームルームが始まる前に渡した。


「わぁ、可愛い。ありがとう、藍斗くん」


 真白はとても喜んでくれた。


 だけど、昼休みに再び会いにいくと――――


 真白は萎れた花のように席に座って俯いていた。


 そしてその傍らには、あの男―――蒼介が立っていた。 


 ハッとして、真白の机の横に掛かっているずっしりとした大きな袋に目を落とす。


 今朝、僕が真白に渡したプレゼントだ。


 袋の隙間から見えるクマの頭から、白い綿が飛び出していた。


 腹の底から怒りが込み上げてきた。


 敵意を込めて蒼介を睨み据える。


「これ、お前がやったのか?」


 蒼介はふてぶてしく笑った。


 


 許せない…。


 胸倉に掴みかかろうとする僕を、真白が慌てて制する。


「藍斗くん…やめて」


 消え入りそうな小さな声で、彼女はそっと囁いた。

 

「今は話せないから……放課後、二人きりの時に話すね」

 





 午後四時。


 僕は鞄を片手に一段飛ばしで階段を駆け下りた。


 一階まで下りると、玄関付近に真白の姿を発見した。


 やっぱりあの男と一緒だ。


 真白が振り返り、僕を見て瞳を揺らす。


「早く来いよ」


 蒼介は真白の腕をぐいと掴み、そのまま学校の外へと引っ張っていった。


 くそ……!あいつ、真白をどうするつもりだ…。


 矢も楯もたまらず、校門を出て彼らを追う。


 下った先には大きな交差点があり、付近には仏壇屋、本屋、コンビニ、そして小さな公園がある。


 二人は信号無視で横断歩道を突っ切り、公園の方へと走っていった。


 少し遅れて僕も公園に入った。


 いくつかのベンチと申し訳程度の遊具しかない小さな公園。小学生が何人か遊んでいるだけで、真白達の姿は見えない。


 見失ってしまったか…?


 しばし熟考した後、僕はカバンをベンチに置き、公園の奥にある公衆トイレへ向かった。


 女子トイレの個室は全部空いている。が、男子トイレの方は一つだけ鍵の掛かっている個室があった。


 怪しい。


 呼びかけてみると、真白の泣き声が聞こえた。


「真白!真白!」


 途切れ途切れに真白の悲鳴が響く。 


「いやぁぁ!助けてぇぇ!」


 くそ…こうなったら――――


 僕は掃除用具箱からモップを取り出した。


 真白……。今助けに行くからな!待ってろよ!


 

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