だらくびより

あざらし

きみとふたり

 起き抜けから頭痛がしていた。まるで宿り木がひたいに根っこを張って、水を欲しがってうずいているみたい。痛みはそう酷くないけど、気だるさが頭のてっぺんからつま先まで伝ってくる。

 青色のカーテンがおぼろげに朝を透かして、閉じた部屋の全体を青く沈めている。息をひそめると澄んでくる耳の感覚に、静かな雨音はしとしと染み渡った。

 一人暮らしをしていたころのくせで掛け布団をけとばしそうになったけど、すんでのところで思いとどまれた。隣に横たわる穏やかな寝息に気をつかいながら体を起こす。お互いの長い茶髪が混じり合って、枕元にさらさら流れている。固く染まった私のものと、柔らかいままのみちるのものを選り分けるようにして、ほのかにあたたかい頬に触れた。

 もったいないなあ、と私はよく思う。すやすやと眠るみちるの顔は、夜通し眺めていても飽きそうにない。そのくらいこの子は可愛らしい顔で眠る。もしも私が睡眠のいらない体質だったなら、夜ごと飽きもせず愛でているに違いない。みちるは「悪趣味です」なんて言って、きっと嫌がるだろうけど。

 奇跡みたいに柔らかいみちるの頬をつついたり撫でたりしていると、少しのあいだ忘れかけていた頭痛がふと響く。おのれ低気圧、なんて恨みごとはあくびと一緒くたに噛み殺して、布団から片足をそろそろと出した。

 暦はしばらく前に四月に入ったものの、朝の空気はまだひんやりしている。春用のパジャマじゃ隠しきれない素肌を寒気になぞられ、くしゃみが出た。

 つま先でスリッパを探しながら立ち上がろうとしたら、左手に何かが引っかかる感触があった。見ると私の袖口をみちるがつまんでいて、ほほえましい気持ちで丁寧に解こうとすると、その右手に指先が絡んでくる。

 私は小さく笑った。

「みちる、もしかして起きてる?」

「たったいま起きました……」

 どことなく渇いた声だ。

「起こしちゃったか。ごめんね」

 だいじょうぶです、とみちるは言った。言いながら恋人の繋ぎ方に手を組み直して、私を引き寄せようとする。

「あのう。放してくれないと朝ごはんが作れないんですけど」

 穏便に解放を求めてみたが、みちるは蕩けた目で口をもにょもにょさせるだけ。ちくしょう、寝汚いところまで可愛いなこの子は。空いている方の手で頬をつまんで引っ張ってやる。それでもぽやぽや寝ぼけているばかりで一向に手を放そうとしないので、私はしかたなく布団の中に体を戻した。ふたり分の体温であたたまった羽毛布団は冷えた私を包み、暴力的に眠気を呼び起こそうとする。

「みちるのせいで動けないや」

 小さな子どもをあやすときのように、私は溜息をついた。寝返りを打ち、体勢を変えてみちるを抱え込むようにする。

「動かなくていいじゃないですか」

 甘えるときと同じ言い方で、みちるは私の腰に手を回してくれる。胸元にかかる吐息がくすぐったい。でも、嫌なくすぐったさじゃなかった。

「お昼まで寝てしまえば、朝ごはんもいりませんよ」

「今日はずいぶん怠惰だね?」

「たまの休日くらい怠惰でも許されます。ちょうどこんな天気ですから」

 空を伺うように伸ばされた手が、私の前髪を梳く。誤ったパズルのピースを嵌め直すように、張り詰めた糸を少しだけたわませるように、優しい指先が疼くような痛みを撫でた。されるがままに私はまぶたを閉じる。

 呼吸はまもなく寝息に変わる。絶え間なく滴り続ける雨音も、頭痛と共にゆるやかに遠ざかって行く。

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