第4話 お見合い


 母親たちを連れて、田口はタクシーに乗り込み駅前のホテルへ向かった。


「あんだの家でよかったのに」


 母親の言葉に首を横に振る。「もう自宅はありません!」なんて言えないからだ。


「失礼だろう。そんなの。ちゃんと予約してあるから」


 平日で助かった。保住に促されて市内のホテルのレストランを予約出来たのだ。ランチ時間とはずれるが、なんとか食事にはありつけるようだった。そこで食事でもして、後は新幹線に押し込んで帰ってもらうのが一番いい。これからの予定を考えながら、田口は三人を予約席に連れて行った。


 佐藤義一郎という男は、祖父の実家になる。田口家の本家である。優愛ゆあという女性は、義一郎の妻の兄弟のいとこの子らしい。かなり遠いし、どんな関係なのか理解しがたい。


「優愛ちゃんは、大学が梅沢大学だったんだ。それで、銀太が梅沢にいるなら、結婚したって慣れた土地だし。問題ねーべってことになったんだ」


 義一郎はそう説明する。彼女は27歳だと聞いていた。とすると、田口の後輩にあたるのか。雪割から梅沢大学に来るなんて、珍しいコース。彼女もまた少し変わっているのかも知れないと、内心思う。


「しかし大きな役所だったな。役場とは違うな」


「だな。私も初めて来た。あんだの職場なんて、なんだか感激だよ」


 母親は笑顔を見せて心から嬉しそうにしていた田口にとったら、大変迷惑な行為であることには違いないが、彼女がそんなにも嬉しそうな顔をするのであれば、それはそれでいいのかも知れない。


 こんな大人になって息子の職場を見に来る親もいないが、見たら喜ぶものなのだろう。確かにそうかも知れないなと、田口は思った。


「恥ずかしいから。やめろよ」


「だって。いいじゃない。それよりも優愛ちゃん、どう? うちの銀太は?」


 単刀直入過ぎだろう。田口は冷や汗をかくが、彼女は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。


「写真通りの方ですね」


「写真って。おれの写真出したの?」


 母親を睨む。


「だって見合いだもの。あんだの出さないわけにいかないでしょう」


「だけど」


 最近、実家で写真を撮った記憶はない。母親はいったい、いつの時代の写真を出したのだろうか。まず出す前に自分に許可を得るべきだ。と田口は思ったが、無視をして放置をしていた自分が悪かったのだろうと、すぐに反省した。こんなことになるなら、はっきりとお断りをすればよかったのだ。


 いくら、保住という恋人がいるとは言え、こうして女子を目の前にしてしまうと、男の自分から見合いを断るのは失礼な行為のように感じられる。おしゃべりな母親は終始、明るく場を盛り上げてくれるが、田口の気持ちはふさぎ込むばかりだった。


 30分程度食事をした後。義一郎が席を立った。


「じゃあ、ここからは若い二人で話をするといいべ」


「え、二人。ですか」


「んだ。おれたちがいたら、言いたいことも言えないだろうし。おれたちは土産買ってっから。そこに物産館あるんだべ」


 ホテルの最上階からの眺めはなかなかのもの。義一郎は向かいにあるコンベンションセンターを指さした。


「一階に観光物産館があります」


「お土産ね。いいわね。じゃ、1時間後にその店の入り口で待ち合わせしましょう」


 母親と義一郎はにこにことして店を出ていった。そこでやっと、手元に残る昼食の皿を見下ろした。緊張していて、なにを食べたのかすら覚えていない。しかし、駅近くの最上階の眺めは素晴らしい。


 ——今度、保住さんを連れて来よう。


 そんなことを思っていると、「あの」と優愛が声を上げた。


 ——そうだった。彼女と二人だったんだ。


 一気に妄想から引き戻されて、田口は優愛を見た。 


「すみません。騒がしい母で」


「いえ。こちらこそ。すみませんでした。お仕事も忙しいのに……押しかけてしまうなんて」 


「いや。おれが、きちんと話をしておかなかったせいです。母が勝手に暴走して、巻き込まれてしまったのでしょう? 申し訳ありませんでした」


 彼女は田口の返答に、なんだか嬉しそうに表情を明るくする。


「やだな。田口さんって、優しくて、素敵男子っぽい」


「え?」


「写真を見て思いました。誠実そうな人だなって」


 保住みたいなことを言う。なんだか恥ずかしい。頬を赤くした。


「そんなこと。面等向かって言われると照れます」


「ごめんなさい」


「いや。こちらこそ」


 ぎくしゃくしてしまう会話。優愛は思ったよりも大人しいタイプではないらしい。二人きりになると、笑顔を見せ、朗らかに話をしてくる。


 男だったら放っておかないだろうに。どうして見合いなんて。なんだか第三者的な視線で見てしまうのは、自分ははなから関係ないと思っているせいなのだろうか。彼女には失礼な話だが。はっきりお断りするのが礼儀だ。他愛もない話をしている中だが、田口は切り出した。




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