第5話 おれの好きな人



 冬の夜は寒い。透き通る空気のおかげで、星空が綺麗に瞬いていた。


「ん〜……田口、悪いなぁ……」


 背中でポカポカ暖かくなっている保住の熱を感じて、田口は苦笑する。飲み会の後の恒例行事。『おんぶして連れ帰る』イベントだ。


「いいのです。元はと言えば、おれが撒いた種ですから。逆にすみませんでした。巻き込んで」


「お前の……? どういうことだ?」


「気にしないでください。なんでもありませんから……」と呟きながら、田口は真っ直ぐに前を向いて歩く。


「女子職員に色々と聞かれていましたね。大変でした」


「別に……大変なことなんかない」


「なにを聞かれたんですか?」


「……おれの好みを聞きたいとしつこく言う。そんなのを聞いてどうするのだ」


「その好みの女性になりたいんですよ。彼女たちは……」


「そんなものは無意味」


 保住は田口の背中で笑う。半分夢現だが、彼は「ふふ」と笑って、田口の首に腕を回した。


「で、なんと答えたのです? おれも聞いてみたいものですね。あなたの女性の趣味……」


 嘘ばっかり。そんなこと言われたら、自分とはかけ離れすぎていてショックを受けるだけなのに。言わなくていい。そう思っていると、保住は嬉しそうに言った。


「からだは大きいが心優しい。自分に自信がないわりに、泣きべそかいても投げ出さない。口うるさいけど、お母さんみたいで、いっつもこうして、そばにいてくれる。おれはそういうのが好みだ、と言った」


「それって」


「……」


「保住さん?」


「…………」


 はったとして後ろを振り返ると、保住はすっかり寝息を立てていた。それって。


「おれのことって思っていいんですか?」


 田口はボソッと呟きながら、凍えるような寒さの夜道を歩いた。


 ——本気で彼女たちに言ったのではないだろうな……。


 そんなはそうそういない。そんなことを言われた、彼女たちの唖然とした顔が想像出来て、なんだか笑うしかなかった。田口にとったら、嬉しい夜だった。



***



「昨日はお疲れ様でした〜。田口くん、幹事ありがとうね」


 翌朝、出勤していくと篠崎係長に声をかけられた。猟奇的な彼女からは想像もできない爽やかさだ。


「楽しかったわね! また新年会でもしよっか?」


「はあ……、お疲れ様でした……」


 田口は顔色を青くしながら頭を下げた。彼女は田口の背中をバシバシと叩くと、その足で野原のところに向かう。彼にも何やら話をしているが、野原は顔色が悪い。昨日は彼も相当可哀想なことになっていた。パソコンに視線を戻すと、すぐ近くに十文字の顔があって驚いた。


「っ!?」


「田口さん、課長に謝った方がいいですよね〜……」


「お前」


「どう思います?」


「そうしたいなら、そうすればいいだろう?」


「でも謝るようなこと、してました? おれ」


「し、していたと思うけど……覚えていないのか?」


「そうなんですよね……覚えていなくて。でも、わかりました。謝ってきます」


 彼はそう決心して篠崎がいなくなった野原の元に歩いて行った。覚えていないのに、なにを謝ると言うのだろうか? なんだか心配でその様子を伺っていると、十文字はニコニコと笑顔を見せて話をしている。あれでは謝罪をする態度ではないと思われるが、彼はお構いなし。

 

 野原が黙っているのをいい事に、積極的に何やら話しを繰り広げているようだ。だんだんと顔色が悪くなってくる野原。彼は文化課長になって幸か不幸か。悩ましい問題であると思われる。


「おい」


 野原のことを考えていると、横から保住の声が飛んできた。


「は、はい」


「仕事しろ」


 保住がなんで怒っているのかなんて田口には想像も着かないことだが、明らかに不機嫌になっている様は見て取れた。


「すみません」


「いちいち、人の心配ばかりするな」


「すみません……え?」


 むすっとしてから、保住はパソコンに視線を戻した。


 ——もしかして……。ヤキモチ?


 田口は咳払いをしてから、自然に緩んでしまう口元を気にして仕事に取りかかった。もう年末だ。振興係としてこのメンバーでやれるのもあと数ヶ月に迫っていた。



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