第7話 狸の会合


 ——打ち合わせって。このメンバーはキツイな。


 目の前の状況を眺めて、保住は苦笑いするしかなかった。星音堂の件を田口に押し付けたバチが当たったのかも知れない。


 午後からの打ち合わせの席に座るのは、槇。そして彼が引きずり下ろしたい張本人である澤井。そして財務部長の吉岡だ。


 来年度から始まる「市制100周年記念事業」の件だと聞いている。澤井は、両腕を組むと、「金だ」と言った。


「予算はどうなった」


 澤井の隣に座る吉岡は「問題ありませんけど」と言いながらため息を吐いた。


「と、言いたいところですが。貴方が提示してきた金額の半分ってところでしょうね」


 吉岡と澤井が一緒にいるところを見たことはない。お互いに犬猿の仲であるはずだが。こうして肩を並べて座る構図は意外に見えた。



「大した予算はつけられないし、つけるべきではないです。次年度はまだまだ準備期間だ。メイン事業に大きくかけるのであれば、それまでの予算は控えてもらいたいところです」


 吉岡は槇を見る。彼は市長の代役という立場で出席していると言っていた。


「安田市長の意向も同様です」


 三人はお互いの腹の探り合いをしている雰囲気だが、さっさと話を進めていく。別に自分がいなくてもいい打ち合わせだと思った。正直言えば、自分の考えなど必要ないからだ。


 まだ正式に配置が決まったわけでもないのに、よくここに自分を招くものだと呆れながら、適当に三人の会話を眺めていると、ふと澤井が保住を見た。しかし。澤井の視線は保住の頭に留まった。


「なんだ、その頭は。なんとかしろ!」


「頭の件は関係ないでしょう? それよりも予算の件はどうもこうもありません。決められたことに従うだけです。これは今流行のお洒落ですから」


「お洒落だと!? そんなわけないだろう。言い訳するならもっとマシな言い訳をしろ」


 澤井は保住を捕まえると、寝癖の部分をぐいぐいと手で押さえつける。


「さっさと治せ。気になって仕方がないだろうが」


「やめてくださいよ! 会議中ですから」


 二人の押し問答に吉岡は呆れたように「副市長。押さえつけても治りませんよ」とため息を吐いた。槇は顔を顰める。


「じゃれあうのは、後でにしてもらえませんかね」


 槇や吉岡の前でまで、戯れてくる澤井が憎たらしい。保住は余計に腹が立って声を大きくした。


「なら言っていいですか? 寝癖の件は置いておいて。おれは、まだ正式な責任者ではない。まず骨組みはあなた達で決めてください」


「せっかく骨組みから組み込んでやっているのに。お前らしくもない発言だな」


 ——確かに。さすがに昨日の槇との会話に引っ張られているらしい。


「澤井さん。そう苛めるとパワハラで訴えられますよ。でも、寝癖可愛いけど」


「なにを言う、吉岡。訴えられとしたらすでに訴えられている。——パワハラとセクハラでな。お前には泣くほどの嫌がらせを何度もしてやっただろう? 公私共にな。なあ、保住?」


 ——ここで言うか。


「澤井さん」


『セクハラ』という言葉が出た時、一瞬、吉岡と槇の反応を確認してしまう。吉岡には澤井と仲良くすることを快く思われているからだ。しかし彼は大して驚いた様子がない。


 ——知っているのか。この人は。自分たちの関係を。いつ? 誰から漏れた?


 そう思うが、吉岡は澤井を見て彼を窘めた。


「澤井副市長。いくらこのメンバーだからって、あまりそう言ったお話は」


「良いではないか。おれたちの仲だ。そうでしょう? ——槇さん」


 そこで澤井の意図を知る。澤井はわざとこの話題を口にしているのだ。槇が。二人の関係性をネタに保住を抱き込もうとしていることを、この男は知っている。彼の意図を知った保住は、口を閉ざした。


「澤井さん。この辺にしておきましょう。あなたは平気でも保住がかわいそうだ」


「吉岡。そう甘いことばかり言うから、こいつがつけ上がる。おれが退職した後、お前がこいつの手綱を持つのだぞ? かなりの暴れ馬だ。振り落とされないようにきっちりと痛めつけておくのが肝要だ」


「そんなことは承知しています」


「お前にこいつがしつけられるかな」


「しつけてみせますよ」


「あの!」


 二人の会話に保住が割って入る。


「二人でお話しするのは別にしていただけませんか? 暇じゃありません。ね? 槇さん」


 槇は不機嫌な顔をしていた。澤井に先手を打たれて、してやられたことを理解したのだ。澤井は「おれにとって、そんなものは関係ない」と言わんばかりにだ。


 この様子だと、吉岡はすでに自分たちのことを知っており、ここでこの話題を出したところで、なんの被害もない。


 当事者である澤井と保住、そしてそれを知っている吉岡。そこで大っぴらにこの話題を出すことで、槇への牽制を測る。被害は最小限で、効果は絶大。もうこのネタで槇が澤井に仕掛けることはできなくなった。澤井を失脚させることは、至難の技だ。


 ——上手うわて


 正直に言うと、保住ですら思いつかない。唯一、それを為せるとしたら、それはきっと自分ではなくいないのかもしれない。


 ——そう。姑息な真似ではなく、田口の持つ正攻法しかないということだ。


「ともかくだ! 吉岡、なんとか予算をつけてやれ。こいつらが思うように仕事ができるようにな」


 澤井はそう言う。


「承知しました。お任せください」


 吉岡の素直な返答は違和感だ。この二人に何があったのか、保住には知る由もない。そして——。


「槇さん、いいですね?」


 有無を言わせない澤井の声に彼は頷いた。


「お二人にお任せいたしましょう」


「どうも」


「じゃあ」


 吉岡と澤井は部屋を出ていった。それに続いて、会議室から出ようとすると、槇に呼び止められた。


「どうやら、なかなか上手くはいかないようだな」


 澤井を落とすこと——だろう。


「あんな場所まで図々しく上り詰めた人だ。そう簡単には行かない」


「澤井に昨晩のことを話さないのか?」


 ——多分。


「話さなくても、あなたの腹の内は知っていた」


「大した男だ。先手を打たれた」


「そう言う人だ。効率性を求める。何事も最短距離がお好きだから、そのためなら、おれなんか踏み台の一つだろう」


「そうかもしれないな」


 澤井の作戦はいつも計算高い。いつかこの先、誰かに田口との関係を勘繰られたらこの方法は有効だな——。


「あの人を下ろすことに執着しても解決しないということは理解した」


 槇は保住を見た。






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