第6話
確かに、俺は生き残っている。運が良かったとしか言いようがない。否定する余地は皆無だ。力なく、肩を落とした。
「あら? 落ち込む事ないわよ。この商売、運が重要だから。運に見放された者から、死んでいく。あなたは、運がいいわ。二択を制したんだもの」
「・・・二択だと?」
「ええ、あなたは、ピンクの飴を食べたのでしょ? ピンクは解毒剤。黄色の方は、猛毒よ。私達は二人でコブラなの」
開いた口が塞がらない。娘になんてものを与えているのだ。
「この娘は、俺を殺そうとした訳か・・・」
「生かそうとしたのよ。でも、無条件で誰もかれも生かせる程、甘い世界ではないからね。判断は、あなたの運に委ねたのよ」
運か・・・。確かに、その通りだ。俺は、運が良かった。よくよく考えれば、娘に解毒剤を持たせておくのも合点がいく。いつ・どこで・誰に襲われるのか分からない商売だ。咄嗟に毒を使用して、娘に被害が及ぶ訳にもいくまい。そして、毒を散布すれば、彼女の衣服などにも毒の残り香が付着しているかもしれない。と、すると、先ほど俺の煙草の火を消した液体も毒なのかもしれない。
ああ、なるほど。俺は小さな少女に、助けられたのか。
「私も一つ聞きたいわ」
母親・・・コブラが俺を見た。目の前にいるのは、にこやかに微笑んでいる母親なのだが、やはり緊張してしまう。言葉一つ誤れば、それこそ運の尽きだ。
「・・・なんだ?」
「あなたは、どうして、あんな事をするの?」
「あんな事?」
「とどめを刺す前に、『言い残す言葉はないか?』と尋ねるわよね? そして、あなたは了承してから、とどめを刺す。相手の願いを聞き入れず、嘘を付くわよね? どうして、そんな事をするの? ルーティンワークなのかしら? だとしたら、あまりにも悪趣味だわ」
だからこそ、俺は『嘘つきショートホープ』と呼ばれている。悪趣味と言われても、言い返す言葉がない。俺が問いかけると、十中八九のターゲットが、命乞いをする。命を乞う言葉を聞いてから、言葉では了承し、引き金を引く。
「ルーティンワークなどではない。そんなものを作るほど、この仕事に熱を入れてはいない」
俺は、少し逡巡し、溜息と共に観念した。
「俺が問いかけると、全てのターゲットが命乞いをする。その姿は、あまりにも醜いんだ。涙を流し、鼻水や涎を垂らし、土下座をしたり、俺の足元に縋りついてきたり・・・美しいものは、壊しにくいが、醜いものは、壊しやすい。ただそれだけだ。俺自身の心の安寧の為だ」
好き好んで殺人を犯している訳ではない。それならば、少しでもメンタルを保つために、少しでも長くこの仕事を続ける為に、少しでも安定的に収入を得る為にやっている。
生きている同業者で廃業する者の多くは、身体を破壊されるか、心を病んだ者だ。臆病者の処世術だ。
「まあ、その気持ちは、分からなくはないわ。善人よりも悪人の方がヤリ易いのは、事実ね。こんな仕事をしていても、一応人間なんだし。気持ちの安定を図るのは、大切な事よ」
母親は立ち上がり、娘と手をつないだ。
「あなたのクライアントは、バン=カルネラでしょ?」
「あ、ああ。そうだが? 消すのか?」
「ええ、勿論。私のターゲットだもの。クライアントは、旦那よ。ほんと、あの夫婦終わってるわね。いくらお金持ちでも、心が貧しかったら、幸せにはなれないわ」
ああ、なるほど、そう言う事か。この殺し屋は、バン=ローレラインの愛人ではなく、殺しの依頼を受けていたという事か。それで頻繁に接触していたところを、探偵か何かを雇った妻にばれてしまった。その密会を不倫だと勘違いしたカルネラが、殺し屋を雇ったというところか。
嫉妬もここまでくると、悲劇としか言いようがない。もとより、ローレラインの日ごろの行いが、そうさせたのかもしれないが。
「カルネラは、あんたを愛人だと思ってるみたいだな」
「まあ、そんなところでしょ。実際、月百万で愛人契約の打診をされたけど、断ったわ。あんな爺さんに触れられただけで、鳥肌が立つわ」
同業者の中で、最高ランクに位置する彼女が、最後にポツリと零した言葉が、印象的であった。
二人で生きてくには、十分過ぎるほどのお金を稼いでいるわ。これ以上を求めて、身の丈に合わないお金を手に入れても、身を亡ぼすだけよ。
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