第8話 可愛くなるためには

 安梨がコンテストで勝てるように、イメージアップ大作戦を敢行することとなった。


 そもそも参加ができるのかという懸念はあったが、問題なく受理された。


 不思議なことにツッコむのはやめようと、貞彦は思った。


 今はただ、都合のいい展開に感謝するだけだった。


 文化祭まで二週間をきった今、ポスターによる宣伝だったり、校内でのみといった条件付きの演説が解禁された。


 案外寛容な学校なんだなと、改めて思った。


「ああああさんが勝てるように特別講師を呼んできたよ。それではお願いします先生」


 素直が恭しくお辞儀をすると、特別講師とやらはふんぞり返って貞彦たちの前に現れた。


 というか、カナミだった。


「はーい四六時中かわいいと言えば、カナミのことです」


「確かに、カナミさんは可愛いですわ」


 安梨はピュアな瞳で、カナミを見て目を輝かせていた。


「それではカナミさん。可愛いとはズバリなんでしょう?」


「かわいいの極意、それは……」


 カナミは、もったいぶっていた。


 とはいえ、貞彦はカナミの答えに期待していた。


 歪んだ部分は見え隠れするが、可愛いということに関しては、一家言あるカナミ。


 確信に迫る答えが、カナミにならだせるように、貞彦は感じていた。


「とってもかわいいことです!」


 カナミは自信満々に言い放ったが、貞彦は白け顔だった。


「はい、ありがとうございましたー」


 カナミが答えにもなっていないことを言い出したので、貞彦はなげやりに締めた。


「さだひこ先輩まって! もう一度、もう一度カナミにチャンスをください!」


 カナミはすがりついて貞彦に懇願した。


「しょうがないな、もう一度だけだぞ」


「やった。えっと、かわいさにはいろいろとありますが、一つの条件としてか弱さがあると思うんですよ」


「それは、どういうことなんですの?」


「重い物がもてなかったり、虫やおばけなんかにおびえたり、そんなか弱さが、男の人の守ってあげたいという気持ちをアップさせるんです」


「貞彦先輩もそうなの?」


 素直に聞かれて、貞彦は考えた。


 開かずの間で見た、澄香の不安に揺れる瞳。いつも笑顔を崩さない澄香が見せた、弱気に満ちた表情。


 素直の泣き顔。もう勝てないかもしれないと、絶望に打ちひしがれていた弱々しさ。


 また嫌われてしまうと、恐怖に震えていたカナミ。なんとかしてあげたいと、自分なりの熱意が呼び起こされる。


 カナミの言う通り、弱さという要素を見せられた時には、自分が守ってあげたいといった保護欲が掻き立てられたように思う。


「確かに、カナミの言うことには一理あるかもしれないな」


「やっぱりそうなんだ。なるほどー」


「カナミの言ったとおりでしょ。それじゃあ、あんりちゃんも、何かにおびえてみて」


「急に言われましても、何に怯えればいいのかわかりませんわ」


「なんだっていいんだよ。か弱ささえアピールできればいいんですから」


「うーん」


 安梨は腕を組んで悩んでいた。


 安梨はぽんっと手を打つ。何か思いついたようだった。


「国の財政が破綻することが、とっても怖いですわ!」


「そんなもん俺だって怖いわ!」


 貞彦はツッコんだ。


 いくらなんでも、恐怖の対象が大きすぎだった。


「人が、人が怖いですわ」


「それだとただのコミュ障じゃん」


「お尻から猫の尻尾が生えたらと思うと、怖いですわ」


「怖いけども」


「もーサダサダはさきほどから文句ばっかりですわ」


 あまり良い反応が得られなかったからか、安梨はぷりぷりと怒り出した。


「そう言われてもな。一応は安梨が可愛いと思われるようにって内容だから、男の俺が判断した方がいいかなって思ってさ」


「だったら実例をあげてみてくださいな」


「そうだなあ」


 貞彦は怖いことについて考えた。


 今までの思い出を探ってみても、なかなかいい案は思いつかない。


 というか、俺がか弱さの実例を上げたとしても、安梨の勉強になるんだろうかと、貞彦は思う。


 真剣に考えるのも馬鹿らしくなり、普通に怖かった出来事を話すことにした。


 唯一思いついたのは、最近の出来事だった。


「一応自宅にはパソコンがあるんだけど、共用だから、父さんと俺と姫奈が使うんだ」


「うんうん」


「父さんと姫奈はいなかったから、俺がその時に使ったんだ。そしたらブラウザを消し忘れていたみたいでな、前に使っていた人の検索内容が残っていたんだ」


「それは、どんな検索内容だったんですか?」


 貞彦は内容を思い出し、恐怖に震える。


 ただならぬ貞彦の様子に、一同は息を飲んだ。


 貞彦は、震える声で言い放った。


「兄、催眠、方法」


 貞彦は顔を伏せた。


 沈黙が辺りを支配する。


 誰もが恐怖を感じて、全員が黙り込んだ。


 誰一人として、これ以上口を挟めなかった。


 貞彦のことがちょっぴり好きすぎる妹は、順調に成長を重ねているようだった。


 もちろん、とても悪い方向に、突き抜けている。


 結局、安梨を可愛くする作戦は失敗したが、とりあえずこの場はオチた。

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