第6話 ささやかで儚い日々

 貞彦たちは、ミスコンで安梨が勝つために、対策を講じることにした。


 まずは過去のミスコンの傾向について、三年生である澄香に聞くことにした。


 白須美家のリビングには、やっかいになっているいつものメンツが集まっていた。


「コンテストと言いましても、ただ単に美しさを競う、というだけのものではないのです」


「ミスコン……なんだか大人な響きで、姫奈はなんだかドキドキしてきました」


「姫奈ちゃんは見た目は大人なのにやっぱり小学生なんだね」


「はい。コーヒーはブラックで飲めません。砂糖とミルクをください」


「無理をしないところは、お前のいいところなんだがな」


「うっかりしていました。ごめんなさいね姫奈さん」


 姫奈のコーヒーに、砂糖とミルクがたっぷりと注がれた。


「まだ熱いので、さだくんがふーふーして冷ましてください」


「自分でやりなさい」


 貞彦が姫奈をあしらうと、姫奈はわかりやすく頬を膨らませた。


 安梨はブラックコーヒーを一口飲むと、しかめっ面をして砂糖とミルクをドバドバと入れだした。


 仕切り直し。


「去年と一昨年の構成を見て見ますと、出場者は毎年八名ほど。内容としましては、登場演出、マイクアピール、事前に寄せられた質問の回答は、毎年決まっている内容ですね」


「その内容は王道っぽいよね」


「そうですね。そして、ここからは少々遊びのような内容なのですが、三種目ほどの対決競技があります」


「過去にはどんなものがあったんだ?」


「早口言葉だったり、あっち向いてほいだったり、他愛もないものが多いですね。競技の内容が点数になるのではなく、行っている時の様子を見て、観客が楽しむ。そういった意味合いなんだと考えられます」


「ということは、別に競技には勝たなくてもいいわけか」


「そうはいきませんわ! この安梨・アステリスカス・愛子・アタラクシアは逃げたりなんかしません。全力で立ち向かいますわよ」


「別に、これに限っては勝てばいいってもんじゃ……」


 気合を入れる安梨をなだめようとしたが、澄香は笑顔を見せた。


「安梨さんの勝負に対する姿勢は、とてもいいと思います。遊び染みた競技とはいえ、全力で取り組む姿は、きっと皆様の心に届くことでしょう」


「スミスミさんは話がわかりますわね! もしすべてを思い出せたら、わたくしの側近にしてあげますわ」


「それはそれは、光栄ですね」


 澄香は安梨に答えつつも、続きを話し始める。


「全てのプログラムが終了したのちに、観客による投票が行われます。一人三票まで投票ができます。推しの方に票を集中させてもいいですし、気になった方に一票を分散してもいいわけです」


「なるほどー。集計が大変そうだね」


「だよなあ。それで改めて思ったんだが……このシステムだと、安梨は勝てるのか?」


「どういう意味ですの? わたくしに魅力がないと?」


 安梨は強気な発言をしているが、不安そうな表情は誤魔化せていなかった。


 強がりな性格は、なんとなくこうすることでしか自分を保てなかった。そんな境遇にあったのだと想像させられる。


 生きることだったり、ただここにいることに対する、安心感の欠如。


 安梨のことをまだまだ知らないが、同情の余地がある生活を送ってきたのかもしれないと、貞彦は感じていた。


「そういうことじゃない。まだ見た目は幼いけど、高貴な雰囲気がすでに滲み出てる。将来はきっと美人になるぞ」


 安心させる意味も込めて、貞彦は褒めた。


 安梨はマヌケ面で口を開けていたが、次の瞬間には目尻に柔らかみが出ていた。


「もう一回、言ってくださいます?」


「安梨は将来美人になる」


「にへー」


 にへーってなんだよと、貞彦は言いたくなったが、言わないことにした。


「姫奈は? 姫奈はどうですか?」


 便乗した姫奈が貞彦の服を掴んだ。


「はいはい。姫奈も美人だよ」


「雑です! なんだか感情がこもってないです! 『姫奈は美人で麗しくて、今すぐにでも結婚したいくらいだ』って言ってください」


「言えるか! 兄として」


 姫奈と雑なやりとりをしていると、素直はジト目で貞彦を見ていた。


 またえっちだとかなんだとか言われるのかと思い、貞彦は身構えた。


「……わたしはどうかな?」


 意外にも、殊勝な様子で素直は言った。


 なんというべきか迷ったが、素直な気持ちを伝えることにした。


「素直はその、美人というよりは、可愛いよ」


 貞彦の言葉を受けて、素直はわかりやすくにやけた。


「えへへ。嬉しいなー。ありがとう!」


 素直は満面の笑みだった。名前通り、こういった素直なところは、お世辞抜きでとても可愛いと貞彦は思う。


 貞彦たちのやりとりを見て、澄香はまるで母親のような、慈愛に満ちた表情をしていた。


「皆さんが仲良くなったみたいで、本当に嬉しいです」


 そう言う澄香の顔を、貞彦は眺めた。


 ほんの一瞬。遠い目でどこかを見つめる澄香の姿を、貞彦は見てしまった。


「こんな日々が、ずっと続いていけばいいですね」


 澄香の心情が漏れ出したかのような一言。


 ただの願いではなく、憂いが混じっていたことが、貞彦には気になった。

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