第4話 貞彦の三股疑惑
文化祭の準備については進めつつ、安梨の依頼を達成することも並行して行った。
学校の制服を着ていたにも関わらず、安梨は高校の生徒ではない。これもまた、奇妙な話である。
にも関わらず、安梨が学校にいることは、まるで問題視されていなかった。
おかしいなという違和感は感じるのに、それでも、安梨がここにいるのは当たり前のように処理される。
不思議なことではあるが、今はありがたいと思うことにした。
奇妙な出来事を体験したからこそ、貞彦はこの事態を受け入れることができた。
安梨がお礼を言いたいという相手。
名前はわからない。おそらく同年代の男性というだけ。きっと同じ学校に所属している。
これだけのヒントでは、まるでわからない。
何か思い出せることはないかと、貞彦と素直は安梨にそう促した。
「うーん。実際にわたくしが見たことはないので、本当によくわからないのです」
「じゃあなんで、それが同年代の男性だってわかるんだよ」
「わかるんですから、仕方ありませんわ」
「いつ頃からその人に気づいていたのかな?」
「物心がついた時ですわ。いつも見てくれているというわけではなく、わたくしにとって大事な場面に、ふと存在を感じたような気がします」
「大事な場面? たとえば」
「具体的には思い出せません。でも、そういえば奇妙に思うことがあります」
「どんなことなのかな?」
「わたくしは年齢を重ねているにも関わらず、その方はずっと同じ容姿でいる。年齢を重ねていないように思います」
「それはもっとありえないだろ……」
貞彦はため息をついた。
しかし、素直は対照的にひらめきを顔に浮かべていた。
「わたしああああさんを見守ってくれていた相手がわかっちゃったかも!」
「ほんとか素直」
「それは一体誰なんですの?」
素直は、自信満々に口を開く。
「それはズバリ神様だよ!」
「話し合っていてもわからんし、実際に探しに行ってみるか」
「そ、そうですわね」
あまりにも荒唐無稽な解答だったためか、貞彦と安梨は立ち上がった。
「ちょっと無視しないでよ!? わたしの扱いがひどいよー」
貞彦たちは校内を周り、それっぽい人物がいないか探索を始めた。
ヒントなどほとんどない。安梨の感覚頼みであるため、当然ながら難航した。
素直は自分のクラスに戻った。文化祭準備の手伝いをするらしい。
素直たちが所属している、一年D組も喫茶店をやるそうだった。
他のクラスと差別化を図るために、コンセプトに則っているとのことだが、内容については教えてくれなかった。
闇雲に探しても見つからないと思い、貞彦は少しでも見つかる可能性が高くなるところへ行くことにした。
「こんにちはー」
「ごきげんようですわー」
挨拶をして教室に入る。
机に大量の写真をバラマキ、忙しそうに議論している生徒たちがいた。
その中心にいる三年生、唐島カラスは貞彦たちに気づき、緩慢な動作で近づいた。
「おう貞彦じゃねえか。写真部の部室に来るなんて、初めてのことじゃねえか」
「ちょっとカラス先輩に用があってさ」
「俺にか? 珍しいこともあるもんだな。ところで、このお嬢ちゃんは誰だ?」
「わたくしはお嬢ちゃんなんて名前じゃないですわ。安梨・アステリスカス・愛子・アタラクシアという立派な名前があります」
「ほーう。名前も態度も随分ご立派だな。それで、お前らは何の用でここに来たんだ?」
貞彦と安梨は、簡単に状況を説明した。
胡散臭い奴ではあるが、学校内の情報には詳しいであろうと考え、カラスに頼ってみることにした。
カラスはポッキーを咥えながら、眉根を寄せていた。
「よくわからんことになってんな。というか、このお嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
「だからお嬢ちゃんじゃないですわ」
「素性はよくわからないけど、今のところは害はないな」
「おじょ……安梨が探している奴の顔はよくわからないんだよね。けど、なんとなくこの学校にいるってことだけはわかる。そうだよな?」
「そうですわ」
「じゃあちなみに、写真を見ればわかったりするのか?」
「やってみなければわからないですね」
「じゃあ、やってみようぜ」
カラスはそう言って、分厚いファイルを取り出した。
ファイルの中身は、全学年の生徒の顔写真が張り付けられていた。写真の下の空白部分には、名前と所属のクラスが書かれている。
これは見てしまってもいいものだろうかと、貞彦は戦々恐々としながらも、安梨と共にファイルを眺めた。
一年生の男子から順に、顔写真を眺める。
安梨は瞳を凝らして、しっかりと顔写真を凝視していた。なんだか怖いくらい必死だった。
一年生、二年生と見終わったところで、安梨は特に反応をしなかった。
三年生の顔写真一覧も、半分は見終わってしまった。
安梨の感覚が正しいとも限らないので、これは徒労に終わるかと、貞彦は諦めかけた。
それにしても、と貞彦は思う。
顔写真を一通り見たけれど、一体いつになったら――。
その時。
「あっ! このお方には見覚えがありますわ!」
安梨はとある顔写真に指を指していた。
三年I組に所属する生徒だった。
「
「細身で切れ長で、えらいイケメンだな。安理、もしかして、お前……顔で選んでないか?」
「そうじゃないんですのー! 本当に見覚えがあるだけなんですのー!」
安梨はバタバタと動き始めた。まるで子供みたいだった。
「安理ちゃんもやっぱり、イケメンが好きなんでちゅねー」
カラスがからかった。
安梨は怒りやら羞恥で、トマトのように真っ赤だった。
「きぃー!」
「ついにきぃーとか言い出したぞ」
「なあ安梨。別にかっこいい奴が好みだからって、恥ずかしいことじゃないぞ」
「サダサダのくせに生意気ですわ! サダサダだって、スミスミさんやスナスナさんがお風呂に入っている間、ふにゃけた顔をしているじゃありませんか!」
「おいばかっ」
貞彦は安梨の口を塞いだ。
バタバタと暴れるが、時すでに遅し。
カラスは獲物を見つけたような表情で、カメラを手に取っていた。
「へぇ、察するに、なんかおもしろい状況になっているな。スクープの予感だな。詳しく話を聞かせてくれねえか?」
カラスの瞳から『おもしろネタ』という文字が見えるようだった。
貞彦は、安梨を抱えて逃げ出した。
「お、お邪魔しましたー」
「離しやがれですわー!」
貞彦は暴れる安梨をなだめすかしながら、廊下を走り去った。
必死に逃げたせいで、ファイルを見た時に抱いた違和感について、頭から抜け落ちてしまっていた。
翌日、澄香や素直との同棲生活には触れられなかったものの、逃げる貞彦の姿がバッチリと撮られた記事が、掲示板に掲載されていた。
『二年生のSくん、校内で愛の逃避行か!?』
貞彦は、思わずかばんを落とした。
「また君か久田先輩! 素直さんだけじゃあきたらず、よもや他の女子生徒にまで毒牙にかけるとは!」
「久田ぁ! 貴様はまた校内の風紀を乱しおってからに!」
たまたま通りかかった、善晴と甲賀に絡まれた。
というか、個人情報に配慮しろよと、貞彦は項垂れつつも思った。
もう好きにしてくれと、投げやりな気持ちでいると、誰かに肩を叩かれた。
顔を上げる。
うきうきした様子の大見と目が合った。
「久田先輩……三股というのも、青春の一ページなんですねっ!」
「誤解しないでくれ……太田く-ん助けてー」
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