第18話 おバカどもの使い方
午後になって最初の競技、騎馬戦が開催された。
数人が組んで騎馬となり、騎手がそこにまたがる。
騎手はそれぞれハチマキを着用し、そのハチマキを奪い合う。
落馬して地面に足をつけてしまう、もしくはハチマキを取られたら脱落となる。
当然ながら、暴力行為とみなされる行為や、危険行為については失格となる。
相手チームの騎馬数をゼロにした方が勝ちという競技だ。
貞彦は素直の騎馬役となり、同チームで動いている。
黒田、太田、瑛理などの運動能力が高いメンバーにも騎手役を担ってもらっている。
騎手の能力は高くないが、まりあ、カナミ、紫兎も騎手を担っている。ネコにも同様の意図はあるのだが、彼女に関しては単体でも戦力になるので、特に心強い。
騎馬戦が始まる前に、カラスと行った打ち合わせについて思い出す。
「前回負けた理由については、なんとなく理解したようだな」
「ああ。そのための対策は考えてはきたけど、問題は、澄香先輩がもう一度同じ手を使ってくるのかってところだ」
「白須美さんなら、もう一度同じ手を使ってくるよ」
「カラス先輩は、どうしてそんなことがわかるんだ?」
「まあ、理由は二つだ。一つ目は、最も効率的かつ、前回は有効に働いた戦法だからだ。実際に、お前らはなす術がなくなったわけだろ?」
「確かにそうだな。もう一つの理由は?」
「白須美さんの意図を考えてみろよ。試練ってのは、クリアできるまでは同じことをやり続ける。そうだろ?」
貞彦は瞳を閉じた。
深く、深く息を吸い込む。
ゆっくりゆっくり、吐き出す。
瞳を開ける。
いささかクリアになった視界。
素直の重みを感じる。
絶対に落としてはいけない。希望の伴った重さ。
「素直」
「なにかな? 貞彦先輩」
「絶対に勝つぞ!」
「うん!」
審判が銃を天に向けて構える。
張り詰めた緊張。
一瞬の静寂。
弾ける銃声が響き、騎馬戦が幕を開ける。
「うおおおおおおお」
怒号と共に、敵群が突撃してくる。
前回も騎手をしていた、澄香の姿は見当たらない。
記憶によると、峰子や来夢も騎手役を担っていた気がする。
「負けるなああああ」
紅組も負けずに吠える。
先頭集団がぶつかり、しっちゃかめっちゃかのハチマキの取り合いが始まる。
乱戦の中、飛び出してきた数騎。
混乱に乗じたアサシン部隊だろう。
前回は、この部隊に主力をかき回されたおかげで、なす術なく敗北を喫した。
同様の展開であるなら、この部隊の狙いは。
「まりあ先輩! 今だ! 退却!」
「おっけーだよ」
貞彦が合図すると、先頭を駆けていたまりあ達は踵を返し、後方へと退却した。
その隙に、両翼を担っていた数騎が壁のように立ち塞がる。
「カナミも退却だ!」
「わかりました!」
カナミも同様に後ろへ下がる。
アサシン部隊の騎手は、あからさまに苛立ちを露にしていた。
「逃げるのか貴様ら! 男らしく正々堂々と戦え!」
「ガンちゃんとは戦っても勝てないよ~。それに、私は女の子だよ」
「カナミだって女子ですぅ~」
まりあとカナミは、壁の後ろ側から返事をしていた。カナミに至っては、甲賀に向かってあっかんべーをしていた。
アサシン部隊の先陣、甲賀は真っ赤になって怒っていた。
「卑怯者どもが! まあいい。そんじょそこらの生徒達なんぞ、この俺の敵ではない。数だけで俺に勝てると思うなよ」
甲賀は吠えた。獰猛な獣のように、捕食対象である一般生徒たちを威嚇していた。
並大抵の人物なら、それだけで恐れ
並大抵の生徒なら、という話ではあるが。
「甲賀先輩。俺たちを舐めて貰っちゃ困る」
「前回はよくも、俺たちのまりあ様を泣かせてくれたな!」
「カナミちゃんを悲しませる奴は許さないぞー!」
「このハゲを〇して頭蓋骨を引きずりだしてカナミちゃん感謝祭の供物にしてくれるわああああああ!」
さすがの甲賀も、ただならぬ様子に怯んでいた。
澄香たちが最初にまりあたちを狙った理由。おそらく、その人気の高さ故に、人を集めることができる力だろう。
前回は考えなしにチーム編成をしていたが、今回は練りに練った。
まりあ様信奉教会のメンバーとカナミファンクラブのメンバーを中心にチーム編成を行った。
というか、噂には聞いていたがそんな集まりが実際にあったことは驚きだった。やはりこの学校の連中は、バカばっかりなんだとつくづく思った。
しかし、カラスは言っていた。率直なバカは強い。
こいつらの行動原理は、まりあやカナミに対する信仰とも言える思いだ。
ただその思いを、最大限活かせばいい。
バカ正直な思いを増幅させて、目一杯ぶつけさせればいいのだ。
だからこそ、決意表明の場ではまりあには泣いてもらったのだ。演技ではなかったようだけど。
まりあの涙にほだされ、カナミの思いに答えたいと思った連中は、他の生徒に比べてやる気も殺る気も絶大だった。
「ひ、怯むな」
「うるせええええこのハゲをやれええええ!」
「いつもいつも校則だなんだって偉そうなんだよ!」
暴言とともに、甲賀は袋叩きにあい、あっさりと脱落した。
人の思いをなめると怖えと、貞彦は作戦を立てておいてびびっていた。
とりあえず、第一関門は突破したといったところだ。
次にどんな手を打ってくるのかは、未知数だ。
後衛に人を割いた分、先陣集団は劣勢に立たされていた。
貞彦たちはまりあとカナミの部隊に隠れて、先頭へと進んだ。
前方では、猫之音ネコを愛で隊メンバーと、ネコ本人が敵集団と攻防を繰り広げていた。
まりあやカナミ以上に、ネコ本人は戦闘能力に優れている。先頭に立って愛で隊メンバーを束ねる姿は、一国の武将のようだった。
快進撃を続けていたネコの歩みが止まる。
足並みの揃った部隊に、怯んだわけではない。
一〇騎を超えた部隊を率いている人物に、ネコは直面していた。
「ネコ……」
「……光樹くん」
戦場であいまみえたのは、恋人たちであった。
さきほどまで、共に弁当を分かち合った仲である。
戦場においては、人の情などは捨てなければならない。
光樹は、悲しそうな目でネコを見つめていた。
「お前とこんなところで会えたことが、悔しくて仕方がない。けど、俺は負けるわけにはいかないんだ」
「……私だって、負けたくない」
「運命とは残酷なものだな。愛し合う二人を、こうして命のやりとりの場で出会わせちまうなんてな」
「……戦いって、悲しいね」
ネコはそう言いながら、部隊のメンバーを手招きし、指をさして指示を出していた。
「他の奴にネコがやられるくらいなら、いっそ俺がこの手で引導を」
「……あっ、幼女のスカートがめくれた」
「なんだと!?」
光樹が一瞬視線を逸らした瞬間、愛で隊のメンバーが光樹のハチマキを奪い去った。
かつては光樹に夢から覚めさせられた必殺技、ネコ騙し。
意趣返しとばかりに、ネコは見事にリベンジを果たしたのだった。
光樹は地面に崩れ落ちた。
「……光樹くんのばーかばーかエーロ、ローリーコーンー」
ネコは舌を出して光樹を煽っていた。心底楽しそうだった。
お前ら本当に恋人同士なのかと、貞彦は疑問に思った。
「ちっくしょおおおおおおお! ってか誰だ男の秘密をばらした奴は!」
光樹の嗜癖を知っている奴は、澄香のお泊りバーベキューに参加した男子だけのはずだ。
ということは、誰かがばらしてしまったということである。誓って、それは貞彦ではない。
あの日の話が知られてしまっているのかもしれないと、貞彦は脂汗を滲ませた。
ネコは、ネタバラシと言いたげに、ポケットから機械を取り出した。
「……浮気防止対策。愛の盗聴器」
「愛ってつけてもアウトだよ!」
味方にも関わらず、貞彦はツッコんだ。
ネコはいたずらっぽい笑みを貞彦に向けた。
「……貞彦くんって、容姿だったら私が一番好きなんだよね。やっぱり、そうだと思ってた」
「そうなの!? 貞彦先輩!」
「いやあああああああああ」
戦場では、悲喜こもごもが染みわたる。
貞彦の絶叫は、戦場の悲しみを語る哀歌のように響いていた。
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