第14話 運命の体育祭開幕

 体育祭当日がやってきた。


 先日の決意表明の甲斐あって、紅組の士気は目に見えて高くなっていた。


 消沈としていた生徒たちは、みるみるうちに活力を取り戻している。


 前回の模擬戦みたいに、むざむざと負けたりすることはなさそうだった。


「それじゃあ、作戦会議でもするか。その前に、貞彦は例の宿題はきちんとやってきたか?」


 カラスに呼ばれ、貞彦と素直は作戦会議を始めることにした。


 貞彦は、プリントを一枚取り出し、椅子の上に広げる。


「もちろんだ。体育祭の競技による配点表だろ」


「OKだ。それで、きちんと考えてきたんだろうな?」


「もちろんだよ。どの競技で勝つべきかってことでしょ!」


 素直は力強く答えた。


 カラスに言われ、貞彦と素直は競技で勝利者に与えられる配点を洗いなおした。


 個人競技のリレーなどでも点数は入るが、やはり団体競技での配点が大きかった。


 個々人の競技ばかりは、貞彦たちでどうにかできるものではない。となると、団体競技をいかにとっていくかが、勝敗の分かれ目となる。


 団体競技である、十字綱引きは一試合毎に三〇点で計五試合。


 騎馬戦は一〇〇点の一回勝負。この勝負を落とした時点で、敗北が確定とはいかないまでも、士気は大きく下がってしまうことが予測された。


 最後の花形競技、スウェーデンリレー。一〇〇メートル、二〇〇メートル、三〇〇メートル、四〇〇メートルと四人の走者が走り切る競技だ。段々と走る距離が長くなっていくところが、競技のミソである。


 配点は一五〇点。一発逆転をかけた競技である。


 その他の個人競技は一〇点、団体競技に関しては五〇点。決してバカにはできないのだが、それでも三つの団体競技が要であると考えらえた。


「それでお前らは、どんな作戦で行くんだ?」


「もちろん全部勝つよ!」


 素直は意気込んで言った。


「おいおい、いくらなんでもそれは現実的じゃねえな。目標は白組に勝つことだろ。全部勝つことじゃねえから」


「それくらいの意気込みでいこうってことだよ」


「まあ焦るなよ。もし接戦だったと仮定して、配点のでかい三競技で取り戻さなきゃいけないとしたら、どうすればいいと思う?」


「十字綱引きで全部勝てば、一五〇点。騎馬戦で勝てば一〇〇点。となると、極論スウェーデンリレーで負けても大丈夫だな」


「それはそうだが、実際にそれは可能だと思うか?」


 貞彦は押し黙った。


 参加メンバー一覧を見た時、十字綱引きに参加しているメンバーは、強者揃いだった。


 野球部のエースである玉田や、バスケ部のキャプテン籠毬かごまり、風紀委員長の甲賀も参加していた。


 明らかに戦力を、十字綱引きに投入していることが見て取れた。


「こっちもやられるつもりはないけど、綱引きで全勝利は無理だろうな。でも最悪、全部負けたとしても、騎馬戦とスウェーデンリレーさえ取れれば」


「甘いぜ、貞彦」


「点数上は、問題ないんじゃ」


 カラスは呆れたように首を振った。


「あくまで点数上は問題ないかもしれない。けどな、十字綱引きは午前中の最後、騎馬戦は午後一番に行われる。もし午前中の最後に、紅組が全敗してみろ。チームの士気はどうなると思う?」


 カラスに言われて、貞彦は事の重大さに気づいた。


 負けるごとに、意欲は失われていく。


 点数の差よりも、やる気に影響が出てくることは明白だった。


 士気が下がっていったチームの末路については、痛いほどに思い知っている。


 ただ点数で上回ればいいなんて、甘い考えを貞彦は恥じた。


「だいじょうぶだよ貞彦先輩。わたしがそんなことはさせないから」


 素直は貞彦の手を握り、元気づけるように言った。


 貞彦は十字綱引きの一番チーム、素直は五番チームで参加する。


 絶対に負けられない、午前中を締めくくる役割だ。


 だからこそ、プレッシャーも計り知れない。


 貞彦は、素直がわずかに震えていることを知った。


 それでも、絶対に目を背けたりはしなかった。


「ああ。頼りにしてるぞ」


「うん!」


 見つめ合う二人を見て、カラスは口笛を吹いた。


 からかうような行動だった。


「へぇ。お前らは随分と仲がいいんだな。付き合ってんのか?」


「ち、違う」


「そういうわけじゃないんだけどさ……」


「まあ別に、俺にとっちゃおもしろければどっちでもいい話だ。紅島じゃないが、せいぜい愛のためにがんばれよお二人さん」


 カラスは言いたいことを言っておいて、去っていった。


 赤くなって黙り込む、貞彦と素直を置いて。


 何か言いたいけど、何も言えなくなった。


 話さなければと思い、貞彦は必死に話題を絞り出した。


「素直のお兄さん……来てくれるといいな」


 素直と正の仲直りについて、どうすればいいか貞彦にはわからなかった。


 けれど、わからないなりに何かをしたいと思っていた。


 あの時、素直は泣いていた。貞彦にすがりつき、体を寄せて、子供のように泣きじゃくっていたのだ。


 そんな素直の姿を、悲しみに暮れる素直の姿なんて、もう二度と見たくなかった。


 太陽のような笑顔を、暗く濁る雲で覆ってしまいたくなかった。


 貞彦は素直を説得し、体育祭に正を招待することにした。


 効果的かどうかはわからない。


 ただ、過去の後悔に縛られてばかりで、いてほしくなかった。


 辛い過去があっても、今を精一杯がんばっている、矢砂素直の姿を、正にも見せたかったのだ。


 それが功を成すのかは、貞彦たちにもわからなかった。


「きっと来てくれるよ」


「素直が信じるなら、きっと大丈夫だな」


「うん」


 そう言う割に、素直の表情には陰りが見えていた。


 本当は、素直も不安が強いのだろう。


 負けてしまうかもしれない恐怖。


 負けることで、相談支援部を離れることになるかもしれない恐怖。


 立ちはだかる澄香の巨大な壁の威圧感。


 兄が来てくれないかもしれない悲しみ。


 ないまぜにされた感情を押し込めて、素直は戦っているんだと感じた。


 貞彦がギュッと手を握り、素直は驚いた表情を見せた。


「俺はお前の辛さを引き受けてやることなんてできない。けど、一緒にがんばることならできる」


「貞彦先輩……」


「もう一度言う。絶対に勝つぞ!」


 素直は、力強く手を握り返した。


 手のひらの熱が、心に灯る。


 萎れかけた気持ちも、熱を持って再度輝きを取り戻した。


「うん。絶対に勝つよ!」

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